坂本龍馬脱藩道マラニックに参加してきました2


第二部 梼原への道

午前6時に平成の龍馬達6名が坂本龍馬生誕地に集まりました。
やがて案内人の細川さんがワンボックスカーでやって来て荷物を車に積んでから写真を
撮っていよいよスタートです。空は曇り、そして予報では午後から雨どうなる事やらです。

 道案内はこのマラソンを何回も走られている藤原さんです。
藤原さんはさすがによく走られているだけあって色々と詳しく説明して下さいました。
今回は経験者はすずやんさん、お田鶴さんの3人でえのさんとえぐちさんと私は
初参加です。
すずやんさんとは今までしまなみ海道、四万十川、そして去年のUMMLマラニック
高野山の3回お会いしていますが一緒に走るのは初めてです。
お田鶴さんは今回ただ一人の女性でこのコース中ずっとすずやんさんと一緒に
軽快に走っておられました。
えのさんは大学に先生らしく見た目にも学者さんランナーという印象でした。
(どんな印象やねん?笑)。えぐちさんはロードよりも山道の方が得意だと言われていた
のですが、ロードでもなかなかの粘りをみせるランナーです。そして山では凄く強い走りを
されていました。伺ってみるとランナーであり山屋さんでもあるそうです。
藤原さんとすずやんさんが先頭で私はいつでも脱落出来るように
最後尾を行きました。 

ここからすぐに南下して鏡川に出て川沿いに走り橋を通って鏡川を渡り南下しました。
途中から住宅地に入ってやがて鳥居に出ます。鳥居から急な石段を登った所が
和霊神社です。この神社は坂本家の本家である才谷屋の守護神だったそうです。
文久2(1862)年3月23日、脱藩の決意を固めた龍馬は、酒をもって花見にとこの
和霊神社に詣で、武運長久を祈願したと云われています。
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さてそのご本尊ですが思っていたよりもずっと小さな神社でした。
ここで今回の脱藩の成功を祈願しました。
そこからしばらくは車道を走りました。路面電車の通っている道を
走りやがて朝倉駅前に着きました。踏切を越えてしばらく行くと伊野ICの前を通りすぎた
所にサポートの細川さんが待っていてくれました。

この脱藩マラニックは細川さんによって給水と食事、道案内とフルサポートです。
バナナを食べて力をつけて出発です。
伊野駅前を通り仁淀川を渡りしばらく走るとスタートから20キロです。
例年ならここまで車で送ってもらってここからスタートだそうです。
「だから気分を新たにここからスタートと思いましょう。」
と言われても20キロ走ってきた疲れがどっと残っています。
あと70キロ気分はどんよりと曇る空と同じです。

 藤原さんに「ここからが本当の脱藩道なので楽しめますよ。」と言って頂きました。
日高村を越えて佐川町を抜ける頃になるとなぜか藤原さんが体調不良を
訴えだしました。やがて無理しないようにサポートカーに乗ってしまいました。
ここからは5人旅です。コースを一番良く知っている藤原さんがいなくなって
心配でしたがすずややんさんもかなり詳しくここからはすずやんさんとお田鶴さんに
引張ってもらいました。しかし、この2人ペースがかなり速いですよ。斗賀野から
いよいよ本日のメインイベントである朽木峠の道へと登って行きました。
途中から元気を取り戻した藤原さんも再戦です。
観光ガイドでも一番よく紹介されている所です。どこまでも続く山道をあえぎながら
上って行くとやがて関所の跡が見えてきました。やっとの思いでたどり着くと藤原さんが
お酒の入ったコップを差しでしてくれました。コップ1/4ほどのお酒を一気に飲み干すと
体がかっと熱くなりましたね。
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ここ朽木峠を下って行くと地元の人が数人いてしばらく話しをしました。
実は明日ここで脱藩ウォーキングがあってここでは村中あげてボランティアを
されているそうです。自分たちが今朝、高知から走ってきたと言ったら
ビックリされていましたね。さらにここから今日中に梼原まで行くと言ったらさらに
驚かれていました。

 そこからしばらく走った所でやっとお昼です。おむすびと玉子焼、鰹のタタキそれに
当然ビールです。お米も玉子焼もタタキも最高に美味しかったです。
そしてビールも美味しすぎてついついロング缶1本は飲んでしまいました。
まだまだ先は長いと言うのに・・・。
お腹を膨らませて走っていくと葉山の蔵に着きました。
藤原さんはまたしても体調が良くないようですね。

 ここから梼原街道と呼ばれる国道197号を走って行き、やがて国道と別れて並行して
行く道を走っていくと白石小学校で着きました。古くていかにも伝統のありそうな学舎だった
のですが、聞いてみるとこの小学校は明日で廃校になるそうです。
何だか感慨深いものがありました。
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 道はいつまでも登っています。やはり私の実力ではみんなに着いていくのは辛くなり
ペースを落としてマイペースで走る事にしました。それにしてもどこまで坂道だろうか?
もしかしたら萩往還250キロの千畳敷よりも長いかも知れないと感じましたね。
でも練習不足の割に遅いペースだとはいいながら走り続けられている自分に驚きました。

やがて途中で藤原さんが待っていてくれました。どうやら体調が回復されたそうなので
この後の道を案内して頂けるそうです。他の皆さんはとっくの先だとか。
本当に申しわけありませんね。しばらく行くと突然、茶畑の中を行くので驚いて聞いてみると
かなりショートカット出来るそうです。
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やがて将監神社に出て国道に出ました。ここにサポートカーが待っていてくれたのでビールを
コップ2杯頂きガソリンを入れて気合いをいれなおして走りました。

 しばらく行くと四万十川に出会い四万十川の上流に来られたことになぜか感動しました。
それからは梼原街道をひたすら走ったのですが、空の具合が段々と怪しくなってきました。
やがて雷が鳴りだしあっと言う間に豪雨になってしまいました。
一緒に走ってくれている藤原さんが頻りにサポートカーによるワープを誘ってきます。
しかし梼原までは走りたかった私は我儘を通して頂きずぶ濡れになりながら走りました。
残り10キロ程になったときには歩道がなくなりあたりもまっ暗になってきました。
サポートカーから懐中電灯を借りていたのですが電池を節約するために対向車が来た時と
足元が怪しい時にだけ点灯させました。
3つ目のトンネルを抜けてしばらく下り道を走ると今日のゴートである梼原の「雲の上のホテル」
に到着しました。ここまでGPSで85キロ約14時間でした。しかし気分的には100キロを
越えているように感じられました。
ここの温泉で冷えきった身体を温めて全員でサポートカーに乗せて頂き近くの旅館まで
行きました。しばらくはひっくり返って寝ていたい気分だったのですが、時間も遅いので
直ぐに食事になりました。乾杯をして少しずつビールを飲んでいると少しずつ回復してきました。
しかしメニューは鰹のタタキとか里芋の煮物、等々色々と美味しそうな物があったのですが
食欲はなかなか出てきませんでしたね。

 ここまで走り切れた嬉しさの反面、明日はまだ50キロ以上ありそれもほとんどがトレイルに
なると聞くとこの疲労した状態で本当に大丈夫だろうかという不安がよぎるのでした。

この続きは第三部「脱藩成功?」に書きます。

写真をアップしました。
ダウンロードは自由にして下さい。
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by szsato | 2010-03-24 23:37 | 大会
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