坂本龍馬脱藩道マラニックに参加してきました3


第三部 脱藩成功?

朝になると夜中の雷雨が嘘のように収まっていました。
昨夜85キロも走ったというのに不思議と筋肉痛はありませんでした。
でも、55キロという今日の道程はすごく不安でした。
朝からボリューム一杯の朝食を済ませて、写真を撮ってから6時に出発しました。
風が強く前を走る人にウィンドブレーカが激しくはためいています。

 梼原の町を走っていくと和田城跡にある「維新の門」に着きました。
ここには維新で散っていった8名の志士達の銅像が立ち並んでいます。
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坂本龍馬、那須俊平・信吾父子、澤村惣之丞、吉村虎太郎、前田繁馬、
中平龍之助、掛橋和泉であり明治維新が成ったときにはみんな壮絶な死を遂げて
いました。それを見ているとなぜか胸が熱くなってきました。
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 「維新の門」を出てからゆるやかな登り道が続きます。
今日もすずやんとお田鶴さんの2人が先頭でペースを保っています。
道は四万川沿いに続いています。(四万十川とは違います。)
しばらく走っていくとサポートカーが待っていてくれました。
ここが宮野々番所跡です。番所跡の前の道は龍馬脱藩当時の佇まいが残って
いそうな感じでした。この番所は土佐と伊予との往来を管理するための
関所であり、そしてここの管理人が龍馬の道案内をした那須親子とは深い知り合
いであったというので、そこをこっそりと抜けなければいけない脱藩者龍馬との
間で当時どのようなことが行なわれたかというのが歴史的にも面白いですね。
いよいよ車道から別れて山道に入っていったのですが、さすがにここまで
15キロくらい走ってきているので足に疲れがでてしまい、ひとりペースが落ちて
きました。ゆっくりと坂道を登っていったのですが皆さんとの距離はどんどんと
広がってきました。途中で藤原さんが待っていてくれました。ここからまた案内をして
頂きました。すると途中で昨日と同じくワープを薦めてこられました。
昨日は我儘を言って最後まで走らせて頂いたので藤原さんには大変迷惑をかけて
しまったという思いが強かったので、さすがに今日は無理を言えませんでした。
まあ、それだけ疲れていたのも事実です。車道に出たところでサポートカーが待って
いました。他の皆さんは給水を終えたところでした。私はサポートカーに乗って
細川さんと5キロ程ワープさせて頂きました。

 しばらく車に揺られ韮ヶ峠の1.7キロ手前の車道で車は止まりました。
ここからしばらく待ってから車を降りひとり先行で峠を目指して走っていきまし
た。1時間程休憩できたのでかなり体は軽くなりました。それでも道は厳しくや
がて走り続けられなくなり歩いたり走ったりの状態です。龍馬もこんな苦労をし
て伊予へと向ったのだろうなあ、と思いながらあぜいているとようやく車道に出
ました。そこから少し行くと標高970メートルの韮ヶ峠に到着しました。
韮ヶ峠に到着するとサポートカーが待っていてくれました。
ここが土佐と伊予の境界になりここを越えると脱藩成功という事になります。
しかし果たして私の場合は途中で文明の利器を使ってしまったので本当の意味で
脱藩成功というのには疑問が残ります。その意味でも来年、時間が許されるなら
リベンジしてみたいです。それでももう愛媛県です。やっと伊予の国に着いたと
いう喜びは大きかったです。
 すぐにみんなが追いついて登ってきました。やはり皆さんタフ者ばかりです。
しかし、今日も藤原さんは体調不良でここからサポートカーに乗ってしまいまし
た。どうもお腹に具合が良くないそうです。何だか責任を感じました。
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 峠道を下っていくと四国カルスト台地のためか白い石が目につきました。
やがて見事な滝が見えました。そこに龍馬も飲んだといわれる男水という湧き水
がありました。柄杓で飲もうと思ったのですが柄杓があまりにも苔むしていたの
で手ですくって少し飲みました。維新の味がしました。
(どんな味やねん、というツッコミ)
 しばらく行くと道はきびしい登り道へとなってきました。とても走れるような
ものではありません。すずやんとお田鶴さんと3人で色々とお話をしながら歩い
て行きました。えぐちさんはひたすら先行しています。さすが山屋さんだけあっ
てすごいパワーを持ったひとですね。
 人家は全くない道を行っていたのですが突然、坂本龍馬の宿という民宿があり
ました。実際に龍馬が泊まったわけではないそうですが経営している方がご高齢
なのでいつまで営業しているかわかりませんよ、とすずやんが言っていました。
さらに登っていくとやがて脱藩の道という看板がありいよいよ山道に入って行き
ました。ふたたびあえぎながら登っていくとやっとの思いで榎ヶ峠にたどり着き
ました。
 
 榎ヶ峠を下って行くと天神社に出て参道の小川を渡りました。その橋が「御幸
の橋」です。この橋には何と屋根架かっていました。橋を渡った所で昼食になり
ました。そしてもちろんビールです。しかし今日は飲む人が少ないですね。結局、
私と藤原さんの2人で飲みました。
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 2日目の道程ではコンビニはもちろんお店という物は一軒も見かけませんでし
た。自動販売機もほとんど無かったです。だからサポート無しで走ろうと思うと
相当な覚悟と準備が必要だと感じられました。それにトイレの問題もあります。
男性の場合はほとんどが山道なので何とかなりますが、女性の場合はそれなりの
覚悟が必要ですね。男性でもお腹の方の場合はどうなるか?すずやんに聞きます
と数年前に兵庫県から参加された方が途中でもよおされしかたなく山の茂みの中
に入って行ったとの事です。すずやん曰わく、脱藩ならぬ脱○記念の場所がある
そうです。(笑)

 脱藩の道を書いている本によると「龍馬は韮ヶ峠を越えて伊予の国に入ると下
り坂が多くなるので軽やかに駆け抜けたと思われる」と書いてありましたが、実
際はまだまだ登ったり下ったりの厳しい道が続き嘘やんって思ってしまいました
ね。

 昼食後、再び走って行くとやはりみんなから送れ気味になってしまい、あとは
「脱藩の道」という看板を頼りに走っていったのですが、川沿いに行く道の途中
で道が3方に分かれていました。そこには何の看板もなくそのまま川沿いに行
くと畑の中に入ってしまい方向も反対側に向っていました。これは間違ったと思
って分岐のところまで戻って山側に行く道を行くと段々と道の勾配がきつくなっ
てきて最後には木こり道みたいな感じになりました。先に進んで良いのかどうか
迷ってもう一度引き返してもう一方の細い道を行くと行き止まりでした。完全に
迷ってしまいすずやんに電話をかけてみたものの電波が悪くて要領をえません。
しかたがないので数キロ車道まで戻りました。そこで連絡を取るとしばらく車道
を行くとサポートカーが待っているということなのでそこまで走って行きました。
結局ここで30分以上ロスしました。みんなとはかなり送れてしまったのでここ
からまたしばらくはサポートカーに乗せてもらいました。泉ヶ峠の入口まで送っ
てもらってここから再出発です。ここからはゆるやかな登り道で(厳しい登りは
車に乗せて頂いたので)休憩をしたおかげで軽やかに走る事が出来ました。
しかし、やがてすずやんとお田鶴さんに追いつかれてしまいました。凄すぎです。
そしてえぐちさんはさらに先行しています。泉ヶ峠に着くと案内板がありここに
は昔、宿場があって龍馬が泊まった所だそうです。今は家一軒と残っていません
でした。
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ここからはあとはほとんど下りですが、道はけっこう荒れていて走りにく
かったですね。
 やがて午後4時半頃に龍馬が舟に乗ったと言われる宿間の亀の甲に着きました。
今ではほとんどわからないのですが昔は舟着の場所があったそうです。
龍馬はここから川舟で肱川を下って長浜に出てここから「坂龍飛騰」と称される
維新の道へと飛出してしったのでした。

そしてここが今回の2日目のゴールです。今日の走行距離はGPSで53キロだそうです。
でも、私は2回もサポートカーに乗ってしまったので大体10キロくらいはマイナスに
なっていると思われます。
細川さんのサポートはここまでですが、今回はフル脱藩ということなので3日目の
長浜までの道があります。私と藤原さんはここまでの予定なので内子の駅まで
細川さんに送って頂く事になりました。
 ゴール地点では3日目をチャレンジする人達を今晩の宿まで送って頂くYさんが
待っていてくれました。Yさんは沢山の色々な蜜柑を持ってきてくれました。
蜜柑を食べながらのビールはとても美味しかったです。Yさんは今年の萩往還で
250キロにチャレンジされるそうです。
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 着替えを済ませて記念撮影をして解散となりました。
3日目はすずやんとお田鶴さんとえのさんは予定の長浜までの35キロを走った
そうです。そしてえぐちさんは石鎚山方向に山登りをしたそうです。
坂本龍馬は3月24日に土佐を出発して27日に亀の甲に着きました。それを2
日で走破するだけでもすごいのに、皆さんはやっぱり超人でした。

 脱藩は取りあえず果たしました。その後は5月の萩往還です。
次は長州への道です。

写真をアップしました。
ダウンロードは自由にして下さい。
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by szsato | 2010-03-27 21:55 | 大会 | Comments(10)
Commented by ちぇーさん at 2010-03-28 00:19 x
”維新の味”、僕も飲んでみたいなぁ(笑)。
歴史を感じながら走れるのは最高ですね。

でもコース、読めば読むほど、タフさが伝わってきます。
一人でのトレーニングは、無理そうなコースですね。
Commented by szsato at 2010-03-28 06:57
ちぇーさん、ありがとうございます。
来年も3連休に開催されるらしいので
前日1日だけ休みをとれば参加できますよ。
維新の味を味わいにいかがですか?
Commented by ジョー at 2010-03-28 11:24 x
本当にお疲れさまでした。
歴史のある道を走るのは、とても感慨深いですね。
といっても、私は、西国街道と、茨木の隠れキリシタンの里周辺を
ジョグするといった、かわいらしいものですが^^;
Commented by すずやん at 2010-03-28 22:18 x
風来坊さんの記憶力と文章力はすごいなと思います。
僕が始めて参加したときは、地図もなくわけのわからないところを
走った印象しかなかったです。

ところで、風来坊さんは、龍馬伝で武市半平太を演じている、
大森南朋さんにちょっと似ていますよね。特に目元が。
皆さんそう思いません?
Commented by szsato at 2010-03-29 09:20
ジョーさん、ありがとうございます。
西国街道は次回走ってみたいと思っていたのですよ。
茨木の隠れキリシタンの里は知りませんでした。
今度案内して下さいな。
Commented by szsato at 2010-03-29 09:26
すずやん、ありがとうございます。
私もどこをどう走っていたかなんて全然余裕は
なかったです。
後で地図を見ながら振り返り、またすずやんやお田鶴さんの
完走記を参考にしながらつたない記憶で書きました。
ところで私が大森南朋さんに似てるって?
全然そんなことないですよ。
あえて言うなら少しふっくらしているところですかね。
それにしても龍馬伝の脱藩のシーン、期待はずれでしたね。
全然映ってなかったですね。最後の解説シーンで檮原のことが
少しだけ紹介されているだけでしたね。がっかりです。
Commented by 亀オヤジ at 2010-03-30 19:43 x
お疲れさんなんてナマ優しいもんじゃないですね。
なんて言うのか、う~ん、マイッタですわ。
毎日、毎日ウルトラですやん。

練習不足ながら、ほぼ完踏されるのも今までの貯金があるからこそ。いかに普段の練習が大切か改めて知らされました。(節制とは言いませんよ。)
僕も男水って飲んでみたいです。維新の味ね。(^^
Commented by ryuji1962 at 2010-03-31 06:59 x
お疲れ様でした
亀オヤジさんが言っておられるように、今までの貯金が随分あったんですね 練習不足で、ここまで走れたらご立派ですよ
萩は準備万端で行きたいですね
Commented by szsato at 2010-03-31 09:03
亀オヤジさん、おはようございます。
ジャーニーランは初めてだったので心配でした。
でも、2日目って意外に動けるものだなあと感じられたのが
大きな収穫ですかね。
来年、一緒にいかがですか?
Commented by szsato at 2010-03-31 09:12
ryujiさん、おはようございます。
貯金なんてありませんよ。
もうヘロヘロでした。宿に着いたときにはぶっ倒れそうでしたよ。
今、萩が凄く不安です。
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