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姫路城~大阪城100キロウォーキング大会

中学生で自称「反抗期」の息子に
「お前100キロ歩けるか?」と訊ねたところボーイスカウトの夜間ハイクで40キロ
以上歩いたことがある息子は
「荷物は軽いんやろ。それに山やないんやったらそんなん楽勝や」
って生意気口をたたきました。
「それなら一緒に姫路城から大阪城まで歩くか?」と聞くと
「そやなあ、行ってもいいけどお父さんと一緒にあるくの嫌やから、先にゴールして
待っといたるわ。」なんて言いました。

と言うわけで父親の威信をかけて(そんなに大げさな物ではありませんが)
2人で近笑会主催の100キロウォーキング大会に土曜日から日曜日にかけて
参加してきました。

姫路城を正午の12時にスタートして制限時間24時間で大阪城までの100キロを
歩くウォーキング大会です。

最後尾からスタートしました。
スタートしたときに2月開催のこの大会で知り合ったKさんと再会しました。
Kさんとは萩往還250キロの時にも再会して、Kさんはあの44%という低完踏率の中
44時間少々という立派な成績で完踏されたそうです。
そして、全国の100キロウォーキング大会に参加されているベテランです。
Kさんと色々と話しながら歩いていきました。
しばらくは息子も一緒に歩いていたのですが、途中で
「ドンキホーテを覗いてくるわ。」なんて勝ってな事を言ってコースアウトしました。

息子はしばらくすると追いついてきて「あとで先に行くから」って言いながら後ろを
付いてきました。

やがて加古川に入って2号線から南下して鶴林寺(かくりんじ)に向かうのですが
道を間違ってしまい本来右折しなければいけない交差点を通り過ぎてしまいました。
ひとつ向こうの交差点を曲がってしまったので300メートルほど余分に歩いたことに
なりました。息子はさかんに
「う~わ、距離を損した、あ~あ、しんど」ってぶうぶう文句を言ってきました。

鶴林寺でチェックポイントの受付をしてしばらく行ったところのコンビニで
ガリガリ君を食べました。
今日の気温は30度を超えたと思われ非常に暑かったのでアイスキャンデーは
大変美味しかったです。

ずっとKさんに引っ張って貰って歩いていきました。
途中で何度も息子がKさんに生意気口をたたいていました。
それでもKさんはニコニコと大人の対応をしていただきました。
本当に有り難うございました。

やがて明石市に入って土山駅前でブログ友達のマーサーさんにメールを入れました。
マーサーさんは明石にお住まいなので途中で応援に来てくれるそうです。
魚住駅を超えて歩いていると声を掛けられました。
マーサーさんが差し入れを持って待っていてくれたのでした。マーサーさんとお会いする
のは初めてだったのですが、しばらく一緒に歩いて頂いて潜水艦を見学に行った話しから
宇宙探索船の「隼」の話しまで色々と盛り上がって本当に時間が少なすぎるくらいでした。
マーサーさん、有り難うございました。また今度ゆっくりとお会いしたい物です。

マーサーさんとお別れしてからまたひたすらと歩いていきました。ずっとKさんについて行った
のですが、本当はKさんには遅すぎるペースだったのです。それでも息子は信号で止まる
たびに座り込んで休むようになってきました。

西明石を過ぎたあたりから段々と暗くなってきました。そして明石駅前の魚の棚商店街で
Kさんがよくよられる明石焼(地元では玉子焼)屋さんに連れて行って貰いました。
ここで玉子焼きと生ビールを注文しました。玉子焼とはたこ焼きみたいなのですが
たこ焼きよりも玉子の味が濃く出汁につけて食べます。とても美味しかったので生ビールに
続いて瓶ビールを追加してしまいました。(笑)
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お腹いっぱいにして歩いて行くとライトアップされて明石大橋がとても綺麗でした。
午後9時に45キロのチェックポイントに到着しました。ここまで時速5キロのペースです。
ここから暗くてどこまでも続く須磨海岸沿いの2号線を行きます。Kさんとの会話も段々と
なくなり無口になってきました。息子は見るからにへばってきました。彼にすると50キロを
超えて歩いたのは初めてなので無理はないのかもしてません。しきりに休みたいと言って
いますが休みが多いとかえって疲れてしまうのと時間が厳しくなってくるのであまり止まる
ことなくどんどんと行きました。
新長田の商店街の前からコースアウトして200メートルほど行くと巨大な鉄人28号の
モニュメントがありました。本当はライトアップされているそうですが時間がもう12時を
まわっていたので暗闇の中に立っていました。まさにテーマソングにあるように
「闇の中からガオ~」ですね。(若い人は知らないだろうなあ)

三宮の繁華街を抜けていくと息子はさすがに遅れがちになってきました。Kさんに迷惑が
かかるのでとにかくいったん休ませる事にしました。時間は午前1時40分になっていて
ゴールまでまだ32キロほどあります。実はKさんは午前8時までに大阪城にゴールして
引き続きオプションの30キロのウォーキング大会に参加するよていだったのでもう
ギリギリでした。それでも牛丼屋に付き合ってくれました。息子はKさんに向かって
「おっちゃんは先行ってえな、もう付いて行かれへんからあとはお父さんと行くわ。」
って失礼な事を言いました。
「お前は先にゴールして待っているって言っていたやんか。」と言うと
「無理や、100キロウォーキングがこんなにしんどいとは思えへんかった。」
と弱音を吐いていました。残り時間はあと10時間ですが椅子に横になってへたばっている
息子を見ると私は正直リタイヤを覚悟しました。
ここでビールを飲み合ってKさんとは別れました。
Kさん、有り難うございました。アホな親子のために足を引っ張られてしまって済みませんでした。

それからは暗い夜道を2人連れです。2月の時は200名以上の参加だったそうですが
今回は120名くらいだそうですので、後ろも前もほとんど参加者に合わなかったです。
Kさんがいなくなると息子はしきりに休憩を要求するようになってきました。それでも騙し騙し
引っ張って行きました。まるで某番組の24時間マラソンの坂本さんみたいな心境になって
いました。午前4時半に芦屋を通過する時には夜が明けてきて朝焼けが綺麗でした。
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あと25キロ、7時間半です。西宮市に入った頃に雨が降り出してきてやがて激しくなって
きました。ふたりで傘をさして先を急ぎます。
武庫川を渡って西宮市から尼崎市に入りました。残り18キロ、5時間20分です。
「足が痛くて限界や。次のコンビニで休みたい。」
と言われるとついつい甘やかしたくなりました。しかし、一度休憩してしまうと疲れが
ドットでてしまうのでしまうので心を鬼にしてどんどんと歩いて行きました。
「もう少し頑張れ、ゴールしたいやろう。」
「もうええわ、無理にゴールしなくても。」って弱気な事を言いながらも
ちゃんと付いてきました。
8時40分、何とか大阪市に入りました。ここから約10キロ、残り時間3時間20分果たして
今のペースで間に合うか心配になってきましたが息子には
「大丈夫や、絶対に間に合うから」と言い続けました。しかし、彼は
「歩きながら意識が飛んでた。」なんて言ってきました。本当にフラフラだったのでしょう。
その内に私も足の肉刺が酷くなってきました。マラソンでは出来ないのに長距離ウォーキング
では必ずできてしまいます。先月の萩往還でほとんど出来なかったモントレイルのシューズ
でも50キロまでは大丈夫だったのですが後半は一緒でした。

2人でよたよたになりながら大阪駅を過ぎ南森町を過ぎた頃に
「足が痛いよう、もう限界や」と言ってきても時間がほとんど残っていません。
「忘れろ!」
「無理や!」と言うので仕方なく10分ほど休憩して靴を脱いで足をマッサージさせました。
谷町3丁目を左折したらいよいよ大阪城が目の前に見えてきました。
そして、大阪城の外周を2/3程まわってJR大阪城公園駅の前のゴールに23時間45分で
たどり着きました。
スタッフの人が息子を見て
「すごい、中学生やのによう頑張ったなあ。」と声をかけてくれました。
しかし、息子は疲れすぎていて無表情でした。
私が完走賞の缶ビールを飲んでいても「はよ帰ろ、眠たい」の一言でした。

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by szsato | 2010-06-14 18:28 | ウォーキング
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