残念な結果になった四万十川ウルトラマラソン

自分でも無茶苦茶な事をしたと深く反省しています。

今年は10月の100キロマラソンには2年に一度開催の「えちご、くびきのマラソン」
を早くから申し込んでいました。そこで本当は四万十川マラソンには不参加の予定
でした。

と、いうのは「えちご、くびきの」の1週間後に「四万十川」が開催されるので
100キロを走った後、1週間でまた100キロを走るなんて自分の実力からいって
無理だと思ったからでした。

なのになぜ「四万十川」に申し込んだかと言いますと、「四万十川」には毎年参加
していまして(1回抽選にはずれた時を覗いて)温泉旅行をかねて一緒に四万十川
に行く事を楽しみにしていたお袋さんから大ブーイングがあったからでした。(笑)

それなら毎年参加希望者が増えてきてなかなか抽選に当たりにくくなったと
聞いていましたのではずれる事を希望して(?)申し込んだのですが、こういう
時にはしっかり当選する物ですね。せっかく当選したのを辞退する事は落選
した人に失礼なので参加する事になったのでした。

まあ、何はともあれ「えちご、くびきの」も85キロでリタイヤしたことだし
1週間あれば何とかなるだろうと思ったのですが、現実はそんなに甘くは
ありませんでした。


10月16日、山陽自動車道から瀬戸大橋を渡って高知道から須崎まで高速道路
を走りました。須崎のICは毎年少しずつですが南に延びていますね。
四万十市まで延長されるのはいつの事になるのでしょうね?

これも恒例になった土佐久礼の「黒潮本陣」でカツオのたたき定食を食べました。
私がハンドルを握るのはここまでです。ここからは従姉妹に車の鍵を渡して
カツオのたたきとビールを堪能しました。(笑)
d0075225_1236218.jpg




従姉妹の運転で安並運動公園で受付を済ませて、これも恒例の「四万十の宿」に
行きました。それからまたまた恒例の「四万十川屋形船プラン」で四万十川の水面に
浮かびながら天然ウナギ、川エビ、鮎等々のご馳走を頂きました。
「四万十の宿」では温泉に浸かりながらなかなか痛みが治らない左足をさすりながら
明日の事を考えていると暗くなってきました。
d0075225_12364220.jpg




10月17日、いよいよ本番です。
スタート会場の蕨岡中学校まで従姉妹に車で送ってもらったのですが、例年よりも
遅く着いてしまったので校庭ではすでに開会式が始まっていました。
UMMLの旗を探してみた物の見つけきれず、結局知り合いとはどなたとも
お会いしませんでした。
そうこういう間にスタート地点に移動になってしましました。

号砲がなってスタートです。
大勢の声援に送られながら松明の火に浮かび上がった夜明け前の道を走って
行きました。松明がなくなってからは今度は何千本ともおもえるローソクが
灯っていて何とも幻想的な風景でした。

しかし私にはそんな味わいのある風情を楽しんでいる余裕はまったくありませんでした。
左足の痛みは何とか我慢できるくらいなのですがいつ爆発するか心配でした。
でも、1週間前の「えちご、くびきの」では85キロもったのだから・・・という甘い思いも
ありました。

10キロ地点で約60分、自分にとってはかなり速いペースです。
後ろから「少しペースが速すぎですよ」とおおばさんが声をかけてくれました。
しかし、本人はそう言いながら軽やかに抜いて行かれました。
自分でも速すぎるのはわかっていたのですがここから登り道になってきます。
今日の状態では峠まで走れきれるかどうかわからなかったのでなるべく平坦なうちに
時間を稼いで起きたかったからです。

13キロ地点までは1キロ6分をキープ出来ましたが、ここからは徐々に勾配が
きつくなってきました。
ここでかねやんさんが後ろから声をかけて下さいました。これで今日2人目の
知り合いです。そうしてやはり軽やかに抜いて行かれました。
私にはもう付いていく力は残っていませんでした。徐々にペースが落ちてきました。

15キロを過ぎ、ますます道の勾配は厳しくなってきました。心の中ではもの凄く
歩きたかったのですが周りで歩いている人は誰もいません。

18キロを過ぎて峠まであと3キロです。足がかなり痛くなってきました。でもまだ我慢
できる程度です。しかし、全然ペースが上がりません。どんどんと抜かれて行きました。
そうすると心も弱ってくる物ですね、情けない・・・。

前に歩いている人を見つけるとついに足が止まってしまいました。
「今までこの峠で一度も歩いた事がなかったのに・・・」そんな悔しい思いがよぎったの
ですが体はまったく反応してくれません。足が動かないのは痛さだけではないのですね。
やはり練習不足の賜です。

長く歩いて少し走る、またまた歩いて少し走る、という繰り返しで21キロ地点のの峠に
たどり着いた時は2時間30分掛かっていました。
まあ、それでも予定の予定の1キロ6分半よりも15分くらい遅れただけなので
まだ」大丈夫だと心に言い聞かせました。

しかし、本当の地獄はここからでした。
長い下り道は痛い足にはダメージが大きいのでゆっくりと走っていきました。
本来ならばここから登りで遅れた分を取り戻すのですが今回は無理です。
登りで抜かれたのに下りでもどんどんと抜かれて行きました。
わかっていた事とはいえ心は凄くブルーです。

33キロを過ぎてやっと四万十川が見えてきました。
今日は天気も良いので青い空の雄大な川の何とも良い景色です。
d0075225_1238941.jpg




道は平坦になったのでペースを上げようとしたところ左足の付け根に激痛が走りました。
押さえて下ったつもりだったのですがかなりのダメージがあったみたいです。
しばらく歩くと痛みは和らぐのですがまた走り出してしばらくするとズキンと来ました。
本当に情けなくなってきました。

これでは走り続けるのは無理だと思ったので40キロにあるエイドでリタイヤしようかと
真剣に考えました。しかしエイドに着いてみるともう少し頑張ってみよう、せめて56キロ
の関門まで頑張ってそこで時間切れでもいいかあ、と思い直してゆっくりと走っていきました。

やはりどんどんと抜かれて行きました。
そんな特にフクさんがやってきました。
フクさんとは去年の途中で何度もお会いして共に10数分前にゴールしました。
「今年はどうしたのですか?」と訊ねてこられたので
「足が痛くて動かないのですよ」と答えると
「やはりえちごの影響ですかね、お大事に」と言って頂きました。

そうしてまたとぼとぼと走っていきました。
日は昇って日なたに出ると暑いくらいなのですが、木陰に入ると涼しくて
心地良かったです。

42キロ地点で5時間25分、50キロ地点で6時間48分でした。もうボロボロです。
53キロを過ぎたらこの大会のメインの「半家の沈下橋」に出ました。
橋を往復するのですが、四万十川に最も近くを走るので疲れが少し和らぎました。
d0075225_12383957.jpg




しかし、ここから2つ目の峠への登り道はすべて歩いてしまいました。
峠を下った所に56.6キロの関門があります。
もうそこで引っかかってもいいかあ、と思って行くとまだ関門時間まで30分残って
いました。奇跡ですね。
自分から辞めるとは言い難かったのでそのまま通過しました。

ここからは木陰はなくかなり暑くなった道を走っていきました。
しばらくはゆっくりと走れるのですがやはり途中で痛みが出てしまい歩いてしまいました。
やっとの思いで62キロの関門を通過したときには20分前でした。

本来ならばここカヌー館で少し休んで「まだ時間はある!最後まで行くぞ!」
と気合いを入れ直して再スタートをするところなのですが、今回は気持が病んでいました。

本当に情けないのですが自分から白旗を揚げてしまいました。
重たい足を引きずりながらバスに乗ってしまいました。
そうして、バスに乗ってしまったことを後悔する自分がいました・・・。

そんな落ち込んだ自分をバスから見える四万十川が励ましてくれるような気がしました。
「ここまで頑張ったのだからいいじゃあないか、また来年があるさ。」
そんな声が聞こえる自分が情けないです。
d0075225_1238524.jpg

[PR]
by szsato | 2010-10-22 12:03 | 大会
<< 幼児期にすり込まれた歌 四万十川、62キロで終わってし... >>