多田銀山

 連休2日目なので、多田銀山にマラニックに行くことにしました。
ところが小学校6年生の息子が自転車で一緒に行きたいと言い出しました。
自分は連れて行ってもいいのですが、まだ宿題が済んでないという嫁さんの
クレームで宿題が済むまで出発は見合わす事になりました。

 結局、家を出たのは午後2時半を過ぎていました。
約10キロ程で多田銀山の入り口です。
 多田銀山は、天平時代に猪名川、川西、箕面、豊能、能勢などで
銀山発祥の地である金懸間歩から発掘が始まり、昭和49年の日本鉱業の
閉山まで続いた、一千余年にわたる歴史ある鉱山です。

 豊臣秀吉時代が海外から導入した採掘、精錬技術「南蛮吹き」と言う精錬方法は、
当時としては画期的な技術革新で金、銀、銅の産出量を急激に増やし、経済力を貯え、
豊臣政権の基礎を築いたと言われています。
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銀山橋を越えて少し川沿いに入った所が代官所後です。
看板があるだけでなのもない広っぱでした。

 銀山橋に戻ってから道沿いに走っていくと金山彦神社があったので
参拝していきました。
 その奥に青木間歩がありました。ここは鉱道の後が見学出来るので
奥に入っていきました。ヒンヤリとして心地はいいのですが、
洞穴の中っていうのは何となく不安でした。
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ここからさらに奥に行くと日本鉱業多田銀山事務所跡と案内板がありました。
案内書によると多田銀山は昭和48年まで創業していたみたいです。

その奥には、いにしえの間歩あとがありました。
特に瓢箪間歩は豊臣秀吉が馬で鉱道まで入っていったと書いていました。
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 もう少しゆっくりと見学したかったのですが、
今日はここで引き返して帰宅しました。

 往復21キロののんびりした良いマラニックでした。
でも、この地に引っ越してから30年近くなりますが、
恥ずかしながらここ多田銀を訪れたのは初めてでした。
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by szsato | 2007-10-08 22:00 | ジョギング | Comments(0)
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