カテゴリ:大会( 152 )

淡路国生みマラソンに参加しました

淡路国生みマラソンのハーフに参加してきました。
この大会は今年で30回なのですね。

今回はカワニャンさんと一緒に参加したのですが、
はっきり言って淡路島のハーフを舐めていました。

10時3分にスタートして10キロの通過タイムが約60分でした。
普段なら後半は少し落ちても前半とイーブン
でゴール出来たとして大体2時間10分くらい
かと思っていたのですが甘かったです。

10キロすぎから登り勾配になってきました。
初めのうちはウルトラペースで乗り気って
下りで取り返そうと走っていたのなですが
段々とボディブローみたいに効いてきました。
ウルトラならばきつい坂道は歩くのですが
さすがにハーフとなれば誰も歩いていません。
16キロでやっと坂道が終わったときには
ヘロヘロでした。
「さあ、下りだ!」
と思いきや再び登り、また下り
残り1キロにもきつい登りが待っていました。

おかげでボロボロになってやっと2時間
23分でゴール出来ました。

ハーフワースト記録を更新してしました。

カワニャンさんは年代別2位入賞でした。
やっぱり、凄いわ!
d0075225_2120841.jpg

[PR]
by szsato | 2014-10-19 20:59 | 大会

こっそり参加ひっそりリタイア、丹後ウルトラ

今年の丹後100キロマラソンは全く練習していなかったのでこっそり
参加してきました。
d0075225_1650216.jpg



今年はスタート前にも誰にも知り合いに会わないで午前4時半の
スタートを待ちました。

今年のゲストの「はるな愛」さんの寝起きのがらがらなダミ声に送られて
真っ暗な道をずるずるしました。

最初の難関の七竜峠は思っていたよりも順調に走る事が出来ました。

練習不足なのに何故かなあと思い巡らしてみたらスポーツジムで
短い距離だがトレッドミルでキロ6分半~4分半のインターバル走を
何回かしたのが良かったみたいにです。

峠を下りきった最初の10キロ地点を65分程で通過しました。

普段の100キロマラソンならばまずまずの出だしなのですが、
ここからはやっぱり練習不足が祟りましたね。

15キロ位から周りのペースについて行けなくなりずるずると
落ちていきました。

自分では30キロの関門は間に合わないと思うほどバテバテになり
登り道は歩き走ってもペースは上がらすほぼ関門は諦めていました。

ところが30キロの関門時間にはまだ30分程余裕を残して
通過しました。

本来ならば「ここからだ!」となるはずがそうもいかず
だらだら走りが続きました。

夕陽ヶ浦温泉を過ぎるまでは何とか走りをキープしていたのですが、
七竜峠の復路はさすがに歩いてしまいました。

すると途中で50キロの部の先頭集団に追い抜かれてしまいました。
今までこんなに所で抜かれた事はなかったのでショックでした。

それからは次々と抜かれていきました。

バテバテでやっとの思いで峠にたどり着いた時には
右の外側の股関節に激痛が走っていました。

ここからせっかくの下り道なのにこれでは走る事が出来ません。

仕方なく足を擦りながら峠を下っていきました。
d0075225_1649425.jpg


50キロの人達には続々と抜かれていきました。
せめて走る事が出来たらこんなに置いていかれる事はないのに、
と思うとモチベーションがどんどんと下がっていきましたね。

やっとの思いで峠を下りきった45キロのエイドにたどり着いた時には
まだ関門時間は残っていたけれども走る事が出来ないのでひっそりと
リタイアさせてもらいました。

毎年思う事なのですがやっぱり今年も思いました。

「来年、頑張ろっと…。」

リタイアがきまったらまだ暑い中走っている人達には申し訳ないのですが
さっさと引き上げてビールを頂きました。

その日はやけに夕陽が綺麗でしたね。
d0075225_1658509.jpg

[PR]
by szsato | 2014-09-17 16:23 | 大会

萩往還250キロのエントリー状況

萩往還のHPで昨日8月15日で250キロの部が
定員500名に達したので締め切られたそうです。
(513名)

去年は10月初旬まで大丈夫だったのですが
8月1日に応募が始ってからわずか2週間でしたね。

恐るべしですね。

来年はどうなるのか今から戦々恐々です・・・。

山口100萩往還HP
[PR]
by szsato | 2014-08-16 11:43 | 大会

来年の萩往還250キロ参加申込用紙

ついに来年の萩往還の申込用紙が送られてきました。

よ ~ ~ ~ く、見るの参加費が値上げされていました。

250キロの部で、¥30.000 →  ¥38.000 です。

¥8.000 も上がっていました!

¥30.000 でもかなり厳しいのに・・・。

大会の運営がかなりしんどいのはわかりますが
それにしても痛い・・・。

ならば来年は見送るか・・・。

でもライフワークになっているしなあ・・・。

結果、本日申し込みました!

あ~あっ、またキロ単価が上がってしまう。
(*^▽^*)
d0075225_1726083.jpg

[PR]
by szsato | 2014-08-08 17:26 | 大会

夜カモメ武庫川12時間走に参加しました

8月2日(土)午後7時にカワニャンチームとして参加してきました。
今回は5人構成の2チームでの参加です。

d0075225_157196.jpg


コースは河川敷で上流側に向かって走って途中で下流に向かってターンして
スタート地点で1.4キロ、そこを通り過ぎてから阪神電車高架下でターンして
スタート地点に戻って2キロです。
懐中電灯をバトンにして繋いでいきます。 

午後6時頃には雨がしっかりと降っていて河川敷のコース上にいくつもの
水たまりが出来ていました。
近くにある甲子園球場での阪神-DNA線が雨のため中止と聞くと段々と気分も
滅入ってきました。

それでもスタートには徐々に雨は上がってきました。  

私が参加したチームは5人なのですがひとり遅れて参加だったので
午後8時半まで4人交代でした。
だから一度走り終えたら30分も休めないうちに次の順番か
回ってくるという過酷なものでした。

8時半からは5人体制になったので10分程緩和されました。
(実際は皆さん9分以内には帰ってくるので間隔はもっと短いのですが)

他のチームではひとチーム大体7~10人くらいですね。
チーム16人という大人数なところありました。

聞くところによると1回走ったら2時間以上回ってこないそうです。
(それに比べたらたくさん走れて良かったね、って聞こえてきますが・・・笑)

日にちが変わると段々と眠たさがおそってきました。
それでも30~40分くらいの休憩だと仮眠もできないので
一度だけ2往復(4キロ)交代にしてもらいました。

すると1時間以上休めたので少し仮眠をしたらかなり疲れが取れましたね。

終了2時間前にメンバーの一人が腰痛(?)のため戦線離脱しました。
するとまたまた4人体制です。

結局、終了するまで15周30キロを走りました。

おかげさまで最近サボりがちだったのが良い練習ができました。

すべてが終わったあと参加賞として缶ビール一本とおでんなどのおつまみがでて
打ち上げ会をしました。

途中故障リタイヤしたSさんからお詫びの印に10人全員にビール1本づつ差し入れて
頂きました。

眠たいのと疲れでこれくらいのアルコールでも結構酔えましたね。
(^0^)

d0075225_1581065.jpg


写真は⒉枚ともカワニャンさんから拝借しました。
[PR]
by szsato | 2014-08-04 15:08 | 大会

萩往還参加してきました

萩往還、参加してきました。
以上・・・。

参加部門?

萩往還フルマラソンの部です・・・。

そんなもの無いって?

白状します・・・。
過去最短のリタイア、西寺45キロで終わってしまいました。

言い訳は?

言い訳はしたくないのですが、腰痛が発生しました。
でも練習不足の一言です。

1キロあたりの単価は?

参加費が¥30.000だから走れた距離が45キロなので
1キロあたりの単価は¥666です。

それだけじゃあ無いだろうって?

はいはい、交通費、宿泊費その他で約¥50.000の出費です。
だから1キロ当たりの単価は¥1.777です。

高いマラソンになりました・・・。

それでもあきらめませんよ、
来年も挑戦します。
[PR]
by szsato | 2014-05-08 09:19 | 大会

今から出発します

今から山口県に向かって出発します。

明日、萩往還250キロマラニックのスタートですが
今回は色々とあってまったく練習が出来ていません。

昨日まで近所の接骨医院に行って電気治療を受けていました。

会社の売り上げが今回の半期で過去最高に達しました。
(売り上げであって利益ではありませんが・・・)

以上の事を言い訳にして頑張ってきます。

目標「宗頭」(180キロ地点の公民館)
・・・・です。
[PR]
by szsato | 2014-05-01 14:04 | 大会

萩往還の案内書

萩往還250キロの参加案内書が来ました。
ゼッケンナンバーはA189です。
参加される方で見かけ見かけましたら声を
かけて下さいね。

たぶんゆっくりと歩いていると思いますが
(^0^)

毎年5月2日午後6時のスタートですが
何時も考えてしまいます。
健康維持のために走り始めただけの自分が
こんな異常な世界の人達に混ざって250キロの
レースのスタートに立っているなんて信じられないと・・・。

異常な世界の人達とは

この間参加した脱藩マラニックの密会(前夜祭)の時です。
K岡さんからみんなにお誘いがありました。

「今度の5月に室戸岬から足摺岬までの240キロマラニックが
開催されるのだけれど誰か参加しませんか?
まだ募集中ですよ」

まともな人なら
「ええっ、室戸岬から足摺岬までですか!」

となるはずなのですが、密会に参加されている人は
「制限は何時間ですか?」
「60時間です」
「240キロで60時間とは余裕やなあ」
となっちゃうのですよ。

やっぱり異常でしょ?

また、ブログ仲間のちぇーさんが
「今度ハーフに参加します」
「どこのハーフですか?」と訪ねたら
「川の道です」
川の道と言えばフルで走れば500キロです。
そのハーフならば・・・。

やっぱり異常でしょ?

数年前までこの萩往還の250キロに毎年参加している
70歳代後半の人がいました。
「わしは毎回、海湧食堂までしかたどり着けないがいつかは
完踏出来ると思って頑張っている」
と言っていました。

海湧食堂といえば83キロ地点ですよ。
そこまで走っているとは・・・。

やっぱり異常でしょ?

チームホラポスの人達は
穂高から剣山までの往復を日帰りで行っています。
先日も六甲山全山縦走を往復で走っていました。
標高差の合計が6000メートルを越える
道のりで112キロですよ!

やっぱり異常でしょ?

まだまだいっぱい異常な世界にはまっている人を知っています。

先日の脱藩マラニックの時にお田鶴さんにそんな話をしていると
お田鶴さんから言われました。

「みなさん自分だけはまともで他人はみんな異常な人達に
見えてしまう物ですよ、自分も異常だとは気がつかずに・・・」

d0075225_17404429.jpg

[PR]
by szsato | 2014-04-17 06:31 | 大会

坂本龍馬脱藩マラニック、ファイナル(最終日の編)

3月23日、脱藩マラニック最終日。
泣いても笑っても今日が最後です。

午前7時半に宿泊所の「山荘山岡」で朝食をすませて
みんなで談笑していると宿の女将さんが
「コーヒーを要る人いますか?」
と訪ねてきたので全員
「はい、要ります」
「済みませんが有料になりますが?」
すると全員
「要りません」・・・

すると女将さんが
「インスタントでよければサービス致しますが?」
と言うと全員
「それならば要ります」
だって。
みなさんチャッカリしてますね。(^0^)

美味しいインスタントコーヒーを頂いて
記念撮影をしてから午前8時に宿を出発しました。

カーブを下って行って振り向くと
「山荘山岡」の皆さんが庭に出て手を振って見送ってくれていました。
「某TV番組の田舎に泊まろうのラストシーンみたいだなあ」
と誰かが言うので
「美味しいインスタントコーヒー有り難うございました~」
と言うとお田鶴さんにこづかれてしまいました・・・。
たぶん聞こえてはいないだろうけれど。
d0075225_12451740.jpg


昨日のゴール地点の宿間の亀の甲まで行ってエイド休憩をしました。
ここまで約5キロ。
坂本龍馬はここで舟に乗って長浜に向かいました。
我々はこの小田川に沿って走って行きました。
小田川はやがて肱川に合流します。
我々も橋を渡って肱川沿いに走って行きました。
d0075225_14361584.jpg


ところが先頭を快調に走っていたはずのH原さんと
はぐれてしまいました。
コース的には小田川の途中で橋を渡って対岸を走らないと
かなり大回りになってしまうところをどうやら直進したみたいです。
H原さんは今時珍しく携帯電話を持っていないので連絡の取りようが
ありません。
「H原さんなら大回りしても追いついてきますよ」とか
「今生のお別れになるかも・・・」
勝手な事をいいながら仕方がないので先に進みました。
うまくH川さんのサポートカーに拾われる事を願いながら。

しばらく肱川沿いに走っているとH川さんのサポートカーが
待っていてくれました。
H川さんによるとどうやらH原さんは途中で気がついて
引き返して追いかけてくるそうです。

ゆっくりと走ったり歩いたりしているとやがてH原さんが追いついて
来ました。
みんなは心配していたのですが本人は意外にケロッてしていました。
マイペースな人ですね。(^▽^)

今日の走行距離は35キロと聞いていたのですが結構遠く感じられました。
3日間走り続けるような経験がないからかもしくは足が疲れ果ててて
筋肉痛を起こしているからでしょうかね。

すると道案内人のすずやんが
「本当は宿から大洲街道を走れば10キロ位は短縮できたのですがね」
「え~、何でそちらに行かなかったのですか?」と言うと
「それじゃあ皆さんも物足らないでしょう」
だって、。
充分物足りているのですが・・・。

肱川の河川敷は菜の花でとても綺麗でした。
多くの家族連れがピクニックに来ているのでしょうね。
d0075225_1323342.jpg

d0075225_13243489.jpg

d0075225_13245520.jpg


サポートカーからお昼のおにぎりを頂いて先に進みました。
川幅が広くなって段々と海が近くなってきたのが感じられました。

気のせいか(絶対気のせいではない)みんなのペースが上がってきています。
段々とエイドごとの休憩で息が上がってきました。
それでもドクターTさんは快調に飛ばして行きました。

すずやん、お田鶴さんと一緒に走って行きました。
H原さんは相変わらずマイペースなので途中コースアウトしながら
走っています。
千Bさんご夫婦は少し遅れて一緒に走っていました。

ちらっりとゴールの赤橋が見えてきた最後のエイドで
みんなが給水をしている時に抜け駆けで先にスタートしました。
d0075225_13584614.jpg


するとお田鶴さんが
「こら待て、風来坊!」と追いかけてきました。

必死に最後の力を振り絞って逃げたのですが1キロも逃げ切らないうちに
ドクターTさんに抜きさられてしまいました。さすがに実力が違う・・・。

それでも赤橋には2着でゴールしました。

すぐに到着したお田鶴さんに
「卑怯者!」と言われてしまいました。
(*^▽^*)
d0075225_13544076.jpg


ここではすずやんの走友が家族連れで待ってくれていました。
子供さん達はすずやんの赤忍者の大ファンなのですずやんはリクエストに
答えて赤忍者に変身をしました。
それから全員そろって赤橋を渡り最後のゴールをしました。
d0075225_13572364.jpg

d0075225_13574180.jpg


ここは坂本龍馬が宿泊した富屋金兵衛邸がありました。
龍馬はここから長州へと舟で渡って行ったそうです。
d0075225_1463735.jpg



そして坂本龍馬脱藩マラニックはこれで終わりました。

細川さん、長い間有り難うございました。

一緒に脱藩して下さった皆さん、いつも足を引っ張ってしまって
済みませんでした。

皆様のおかげで大変貴重で楽しい時間を過ごすことができました。

また復活する事を願いまして最後に
本当に有り難うございました、お疲れさまでした。

ウェブアルバム

追伸:最後にH川さんに車で高知まで送って頂いてH川さんの駐車場に駐めていた
自分の車を運転して5時間かけて帰宅しました。かなり疲れていたので途中で
眠たくなるかなあと心配していたのですが、興奮が覚めやらずで全然眠気は
おそってきませんでした。

d0075225_147311.jpg

[PR]
by szsato | 2014-04-04 14:08 | 大会

坂本龍馬脱藩マラニック、ファイナル(いざ脱藩へ編)

3月21日(金)午前5時半、平成の脱藩者が坂本龍馬生誕の地に
集合しました。

実際には坂本龍馬は文久二年(1862年)3月24日に高知を出奔して
25日にに梼原に到着したそうです。

改めて脱藩者を紹介しますと、

首謀者のH川さん
ベテランのすずやん、
山男のH原さん
くノ一のお田鶴さん、
ドクターTさん、
チリ帰りの千Bさんご夫婦
途中で聞き返す予定のK岡さん
そして風来坊です。

K岡さんは明日100キロマラソンの練習会があるので
途中まで参加で脱藩は出来ないそうです。(それもすごい)
d0075225_10333961.jpg


記念撮影をしてからいざ脱藩へ。
出発時には小雨が降っていましたがそのうちに上がっていました。
それでも走っていても寒さを感じられました。

まずは才谷家(坂本家の本家)所有の和霊神社に行き脱藩祈願の
参拝をしました。
龍馬も脱藩の日にお酒を供えたそうです。

ここからチリから帰国してそれほど走り込めていないという事で
千Bさんの奥さんが現代の駕籠(サポートの車)でワープする事に
なりました。

残されたメンバーで走っているとJR朝倉駅に着きました。
ここでH原さんから悪魔のささやきが・・・。
「ここから日下までの道は歩道もなくなり車の交通量もおおいので
ワープしませんか?ちゃんと陸蒸気(列車)の時間も調べてきましたよ。」

実際、数年前までの脱藩マラニックはこの間は車でワープしていたそうです。
それがいつも間にかフル脱藩になっってしまいました。

この誘惑に私と千Bさんが乗ってしまいました。
健脚の脱藩者と別れて朝倉駅にいってみますと
H原さんが調べてきた時刻が古くて実際には40分以上またなければ
いけないことが判明しました。

駅でじっと待っていても寒いだけなので隣の枝川駅まで走る事にしました。
枝川駅まで走って30分くらいだったのでちょうど良いくらいに列車に
乗れました。やはり陸蒸気は快適でした。(^0^)
もし龍馬があと5年生きていたら新橋~横浜で陸蒸気に乗れたので
まあいいかあ~。

日下の駅でおりてサポートのH川さんが待っている所まで走って行くと
走って向かっている他のメンバーはまだ到着していなくて
千Bさんの奥さんは先に出発したとの事でした。

どうせ健脚連中にはすぐに追いつかれるだろうから我々3人もすぐに
出発することにしました。

奥さんを追いかけ健脚連中からは逃げてまるで鬼ごっこのようでした。
奥さんにはすぐに追いつけるだろうと高をくくっていましたがなかなか
追いつけませんでした。
結局、金剛力士のお堂の手前でやっと追いつけました。
d0075225_11495748.jpg


d0075225_1150723.jpg


逃げろ逃げろでしたが蛸公園に着く前に追いつかれてしまいました。
さすがですね!

d0075225_11523022.jpg


ここからいよいよ山道です。
休憩している間に身体が冷えて寒かったです。
取りあえずは集団で走って行くました。
鳥の囀りが耳に付くようになりました。

やがて道は朽木峠へと登っていきました。
かなり厳しい登り道で息が上がってきました。
やっとの思いで峠にたどり着いたらすでに健脚組はくつろいでいましたね。
d0075225_1355545.jpg


峠の下りで取り残されるのが嫌なので先に行くことにしました。
しかし数分後にはぴったりと後ろに追いついてきました。ふう~
d0075225_137379.jpg

      途中で倒木が道を遮る

峠を下ってしばらくはのどかな里山を走りやがて葉山の蔵に着きました。
ここでH川さんが準備して下さったお昼と麦ジュースを頂きました。
d0075225_1415030.jpg

d0075225_1423270.jpg

   鰹のたたもありました

ここから国道197号を走って檮原に向かいます。
お腹がいっぱいになったら走れません。
先に出発してダラダラと歩いていたら後ろからドンドンと抜かれてしまいました。
しかたなくゆっくりと走り出したのですが日頃からの練習不足でとてもペースアップ
する事は出来ませんでした。

トンネルを抜けやっと大川の分岐にたどり着きました。
出発してから約55キロです。(私は列車ワープしたので47キロです)
K岡さんの参加はここまでです。
ここから高知市内の自宅に走って戻るそうです。
(K岡さんはこの日110キロ走ってから翌日の練習会で70キロ走ったそうです)

私はここですでにワープ中の千Bさんの奥さんと一緒にワープさせて頂きました。
d0075225_1444626.jpg


茶畑の居る愚痴まで先行して送ってもらい刀神社と呼ばれている将監神社まで
先に行きました。
d0075225_145714.jpg


ここからワープから復帰した千Bさんの奥さんと一緒に再び国道197号を檮原に
向かって走ったり歩いたりしながら進んで行きました。

四万十川の源流を過ぎ檮原まであと10キロというあたりで健脚脱藩者ご一行様に
抜き去られてしまいました。

今晩の宿の時間もあったのでみんなの足を引っ張っても行けないので
檮原まで7キロ地点で2人とも車に乗せて頂きました。
まあ、明日もハードな道程だから温存するためだと自分で言い聞かせながら
今日の工程は終了しました。
本日の走行距離は70キロです。

今に思えば初めて参加したときは全行程85キロを走りきったのだから
体力があったのだなあとしみじみと思いましたね。

檮原の「雲の上ホテル」の温泉で汗を流してから
定宿の民宿「友禅いやしの宿」で食事をして宿泊しました。
d0075225_1464270.jpg

             皿鉢料理

初参加の時は疲れすぎて起きているのも辛かったのを思い出します。
しかし今回はワープのしまくりで全然余裕です。

ランナーの集いで楽しい一時が過ごす事ができました。
とくにドクターTさんのお話しは勉強になりましたね。

d0075225_1461783.jpg


ウェブアルバム
[PR]
by szsato | 2014-03-27 13:59 | 大会