カテゴリ:大会( 152 )

四万十川がダメならば

四万十川ウルトラマラソンが落選して落ち込んでいると
ジョグノート仲間がやはり落選したので同じ日に開催される
「第2回 能登半島すずウルトラマラソン」の100キロを
申し込んだというので調べてみました。

するとまだ大丈夫だったので早速に振り込み申し込み完了しました。

「第2回 能登半島すずウルトラマラソン」の開催地は石川県の能登半島で
珠洲市が主催地です。

制限時間は14時間、高低差は最高でも220m(丹後の半分です)ですが
能登半島の先端の海岸線をぐるっと周回するコースなのでアップダウンは
多そうですね。
充実したエイドと素晴らしい景色、暖かい応援があり評価はかなり高い
みたいです。
それから写真で見たのですが完走メダルが焼き物で出来ているみたいですね。

今からワクワクしてきました。

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by szsato | 2013-07-21 13:04 | 大会

四万十川落選

四万十川100キロウルトラ
マラソンの発表がありました。

結果は見事落選でした。

今まで9回当選して1回落選だった
のが2回目の落選です。

抽選だから仕方がないのでしょうが
何だか悔しいですね。

ランニングブームで今まで普通に
申し込みが出来ていた大会が
申し込み開始から数時間で締め切ら
れてしまったり何だかなあ、
と思ってしまいます。

主催者としては嬉しい悲鳴で
しょうが毎年その大会を楽しみに
している常連さんもいるのだから
参加を希望する人が増えたのなら
大会参加人数をもっと増やして
なるべく競争にならないように
してほしいものですね。

これで10月の予定はぽっかりと
空いてしまいました。
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by szsato | 2013-07-20 06:06 | 大会

福知山マラソンに申し込みました

福知山マラソンに申し込みました。
開催日は11月23日です。
久しぶりのフルマラソンなので
今からドキドキしています。

正直言ってフルマラソンは100キロマラソン
よりも緊張します。
ウルトラマラソンは全般的にのんびりとした
気持ちで走れるのですがフルマラソンは
いつも少しでも速くゴールしなければと
思ってしまって前半に自分の実力以上に
飛ばしすぎて後半にボロボロになって
しまいます。

とは言っても福知山マラソンは初めて
フルマラソンに挑戦して完走できた大会
なので思い入れは大きいです。
2000年に4時間23分14秒で完走して以来
私のマラソン人生が続いています。

ゴールした時にはこんなに苦しいものは
2度と嫌だと思ったものでしたが完走の
喜びが今に至っているのでしょうね。

まあ、気張らずに楽しんできたいと
思います。
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by szsato | 2013-06-24 22:03 | 大会

常連さん

まだランニングをしていなかった30代の頃。
ほぼ毎週末どこかに飲みに行っていました。

その時の高カロリーの蓄積が未だに落ちないので
苦労しています。(笑)

そんな時にどこかのお店の「常連さん」にになるという事は
あこがれでもありました。

自分はこの店の事はすべてわかっているのだよ、何て自慢していた
ものでした。

ランニングを初めてからはほとんどそんなお店に飲みに行くことが
なくなり、その時に一生懸命になれた「常連さん」という所も全く
なくなってしまいました。
「常連さん」になりたいという意識もなくなりました。

ところが、先日参加した「阿蘇カルデラスーパーマラソン」での事。
知り合いのランナーと話しながら走っていると

「あなたもここ阿蘇では常連さんなんだからそろそろ勝率を
上げなければね。」

何て言われてしまいました。

そういえば「阿蘇カルデラスーパー100キロマラソン」は2007年から
毎年参加しているので今年で7回目の参加になりますね。
ここは3勝4敗です。

それまでは開催日が同じ日の「しまなみ海道100キロ遠足」に
4回参加しています。ここは4連勝です。

他の大会はというと「四万十川100キロマラソン」は2003年から
一度だけ落選したのと去年DNSしたので8回参加して、4勝4敗です。

「歴史街道丹後100キロマラソン」は2002年から去年DNSするまで
ずっと参加し続けていますが、勝率は最悪の2勝8敗です。

もっと常連で勝率が悪いのは何と言っても「萩往還マラニック」です。
2004年に140キロに参加して次の年から250キロに毎年参加して
今年で10回(250キロは9回)の参加です。
しかも勝率は1勝8敗・・・。

もっと勝率を上げないと「常連さん」だぞ!
と大きな声では言えないのでしばらくはそっと、静かにしておきます。

マラソンの「常連さん」はなかなか大変ですね。

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by szsato | 2013-06-15 17:35 | 大会

阿蘇カルデラスーパーマラソン、関門との戦い

6月2日に第23回阿蘇カルデラスーパーマラソンに参加しました。

午前5時に南阿蘇総合福祉温泉センター(ウィナス)を約1000人の
100キロランナーがスタートしました。

スタート時から雨が降っていましたがまだそれほど苦になる事は
ありませんでした。

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いきなりの登り道が2,3キロ続き今度は8キロくらいまでの長い下り道が
続きます。
いつもならこの下り道で結構回復するのですが、今回はなかなか気持ちが
乗ってきませんでした。
それでも10キロまで1時間、キロ6分ペースです。

白水水源地を通って国道325号に出てしばらく走ると20キロです。
ここまで約2時間、ペースは落ちていませんが、気持ちには余裕は
なかったです。

いつものウルトラなら自分では最初の20キロはキロ6分半くらいです。
それから考えると速すぎでした。
しかし置いてきぼりにされる恐怖からペースを落とす事ができませんでした。

22キロからいよいよ高森峠です。
ここは約3.5キロで標高差350mを登らなくては行けないハードなコース
なので当然歩きです。

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登り道では特に鈍足な私はどんどんと抜かれて行きました。
しかしここで無理すると登り終えてから走る事ができなくなってしまいます。
じっと我慢の子でした。

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登り終えてから最初のエイドでは和太鼓で迎えてもらいました。
少しだけ元気を貰えました。

ここからがまた地獄です。
下ると思えば登る。登ると思えば下る。そんな繰り返しです。
登り道は歩いても平坦な道の下り道はたとえ疲れていても走らなければ
終ってしまいます。

やがて29.5キロの関門を30分前に通過しました。
思っていたよりも余裕がありませんでした。

段々とランナーの姿が少なくなってきました。
それがやがてリタイヤに繋がってしまうという事を嫌というぐらいに
知っています。

「今回も難しいかあ・・・」
と思っていたところで熊本からこられているUTさんと出会いました。
UTさんはいつも萩往還でお世話になっている熊本のAKさんの知り合いで
今まであまりお話をしたことがありませんでしたがここでは意気投合しました。

色々と話しながら走っていると段々と回復してきました。
少なかったランナーがまた増えてきました。
少しずつ追いついてきたみたいです。

39キロの関門は15分前でした。
なかなか厳しいものがありました。
それでも去年はここで終ってしまったので少しほっとしましたね。

UTさんと走っていると少々の上り坂は走ってしまうので大体キロ7分くらいで
走る事が出来ました。

50キロの記録所は2人同時に通過しました。
UTさんとは52キロのレストステーションまでご一緒していただきました。
どうもありがとうございました。

ここで色々と食べてコカコーラを自販機で買ってリックに入れました。
これからはエイドでの水を少し控えてコーラを飲みながら走ることにしました。
あまり水分を取り過ぎるとお腹がギュルギュリ状態になってしまうので
(増してこんなに雨が降り続いているとお腹も冷えてしまうので)エイドでの
水やお茶はほとんどうがいに使う事にしました。

雨は全然やむ気配はありません。午前中よりも雨足が強くなってきています。
全身ずぶ濡れで合羽を羽織るタイミングを逃してしまいました。
(実は蒸れるからあまり雨具は好きではなかったのです)

レストステーションを出て後半戦開始です。
時間がないのであまり休んでいる時間はありませんでした。

道はいきなりだらだらとした登り道です。
ゆっくりと走ってはいるのですがどんどんと後続から抜かれていきました。

やがて下り道になってまともに走れるようになりました。
51キロの関門は10分前でした。
段々と厳しくなってきました。
そして道は長い登り道へと変わってきました。

ところがこの辺りから開きなおってきたというのかどうか
ゆっくりでも走りを継続させれば関門なんて怖くない!
なって思えるようになりました。
そしてゆっくりですがそれなりの継続して走ることが出来ました。

「辛いけれども絶対にあきらめない」
と何度も自分に言い聞かせました。

時間オーバーで終ってしまうのは仕方がないとしても自分からあきらめて
レースを放棄はしない、捕まるまで走り続けるぞ!

と思う反面、捕まってしまえば楽になれる、という弱気な気持ちも
正直ありました。

72.5キロの関門の1キロ手前でスタッフの人が
「関門時間10分前」と言っていました。
道は登り道です。
多くのランナーが歩いていました。
走って1キロを10分ならば問題ないけれど歩いていれば間に合わない
そう思ったら不思議と力が湧いてきてスピードアップしてどんどんと
抜いていきました。

やがてやまなみハイウェイを横断する地点に出てきました。
ここが関門地点だろうとは思ったのですが電光掲示板が見当たりませんでした。

じゃあ、関門はもう少し先だろうと思ってやまなみハイウェイを渡ってからも
ペースを落とさずにどんどんと走って行きました。
「関門はどこだ?」
しかし走れども走れども関門は見当たりません。
やがて時間が2分前になり1分前になりアウト!

と思ったのですが止められることもなく他のランナーもそれなりに走っていました。
やっぱり5分前に通過したやまなみハイウェイ横断の所が関門だったようです。
取りあえず関門を突破できて良かったと喜んでいる暇もなく次の84キロの関門の
事を考えなくてはいけません。

きつい登り道はあるけども少々の登りは走らなければいけません。
しかし気持ちは辛いけれど開き直っています。

やがて象ヶ鼻にでました。緑の草原に続く一本道。
いつもならばその絶景に感動するところですが今回は感動している暇がありません。
しかも雨が強くなってきて風も吹いていました。
体は走っても冷え切っています。

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登り下りを必死になって走り84キロの関門を4分前に通過しました。

その時は本当に疲れてしまいました。
「象ヶ鼻も走った事だし次の関門で捕まってもいいかあ」
なんて弱気になってしまいました。

というのも道は地道でグチャグチャにぬかるんでいて寒いしペースがまったく
上がらなくなってきました。

そんな状態だから後ろから数人抜かれてしまうと関門ギリギリ通過なので
自分が最終ではないだろうかと思えてしまうからです。

「最終ランナーならば時間内完走は無理だろう」とも考えてしまいました。

やがて道は厳しい下り道になってきました。
88キロ地点から次の関門の92キロまでの4キロで300m下らなければ
なりません。足首が悲鳴を上げています。

回収車が何台も連なってゆっくりと並走していました。
時間がきたらすぐに回収されるのだろうなあ、と思ったら何だか悔しくなって
回収車をどんどんと抜いていきました。

ついでに足を痛めてゆっくりと走っているランナーも抜いていきました。
残念だけどそんなペースでは関門越えは難しいだろうなあと思いました。

自分は足首の悲鳴は無視してペースを上げて走って行きました。

やがて92キロ、最終関門を通過する事ができました。
関門時間2分前でした。

後は平坦な道を8キロ、ゴールまで走って行くだけです。
ただし1時間以内に・・・。

同じくらいに最終関門を通過したランナーが声を掛けてくれました。
「頑張りましょう」
「はい、絶対にあきらめない」
「そうそう、絶対にあきらめない」

とは言ったものの元気な時の8キロならば1時間あれば充分走りきる
ことができます。
足は痛いしペースは全く上がりません。

足を引きずる様な走りで前に進みました。

歩いているランナーも何人もいました。
自分の事は棚に置いて
ひとながら間に合うのかなあと心配してしまいました。

頭の中では距離と残り時間の計算でいっぱいでした。

そしてラスト1キロになってやっと、本当に今回の大会で雄一
完走を確信する事が出来ました。

それでも信号に引っかかってしまうとまたまた心配になってきます。

阿蘇市総合センターのゴールにたどり着いたのは
13時間23分15秒でした。

最終の7分前でした。

本当に辛い戦いでした。
それだけに久しぶりの完走はとても嬉しかったです。

追伸:身体は冷え切ってしまい宿に帰って温泉に30分浸かっていても
   寒さが取れませんでした。

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by szsato | 2013-06-06 00:15 | 大会

阿蘇カルデラスーパーマラソンまずは一報

阿蘇カルデラスーパーマラソン
に参加してきました。
結果はギリギリの13時間23分と
いう7分前のゴールでした。
関門時間との戦いになり
本当に辛いレースになって
しまいました。
まずは一報、
詳細は後日アップします。
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by szsato | 2013-06-02 01:40 | 大会

萩往還250キロ、来年頑張ります

250キロ超ウルトラマラニックには
偶然とかたまたまとかはあり得ません。

色々と言い訳はあるのですが
やはり練習量が全然足りていませんでした。

自分の場合はいっぱい、いっぱい練習しても
ぎりぎりなのにしかたがないです。

5月2日午後6時「エイエイオ~」の掛け声で
スタートしました。
今回は第5グループで9分遅れのスタートでした。
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上郷駅までは実に気持ち良く走れました。
駅に着いたのは7時30分だったので13.2キロを約80分で着いた事に
なります。自分のウルトラのペースとしては速すぎです。

さあここから長い登り坂になるのでペースダウンして走っていたら
ryujiさん、かねやんさん、じゅんこさんのホラポス軍団に追いつかれて
しまいました。

そこでしばらく付いていったらどんどんと前のランナーを追い抜いて行きます。
二本木峠あたりではもう付いて行く事ができなくなりました。

こんどこそマイペースでと思って走っているとジョグノート仲間の
ウルトラマンさんに追いつきました。

そこで今度はウルトラマンさんのペースに付いて行く事にしました。
色々と話しながら走っていると疲れもやわらいできますね。

33キロ地点にコンビニがあったのでトイレを借りるために
ここでウルトラマンさんとは別れました。
トイレを借りてジュースを飲んで(まだビールではありませんよ)
再出発です。
今度こそ一人旅でした。

11時30分、44キロの西寺交差点に到着。
5時間20分、まあまあのペースです。

ところがやはり練習不足はここらへんから出てきましたね。
52キロ以上練習で走っていなかったのも響きました。

坂道が続き段々と走れなくなり気力もダウンしてきました。
すると今度は今まで何度もお世話になった越田さんとお会いしました。
越田さんはこの萩往還を最初からずっと参加している超ベテランランナーです。
越田さんは登りは歩く、下りと平坦な道は走る、宗頭では5時間寝てゆっくり休み
午前4時(関門時間)に出て余裕でゴールする、という強者です。

越田さんとそのまま豊田湖まで引っ張って頂きました。
お話しながら走っていると不思議なもので体力も気力も回復してきました。

三又路を右に曲がって登って行く途中で道路の轍に足を引っ掛けて
転んでしまいました。

左肘をしたたか打ちつけてしまいました。
良く見ると手のひらも擦りむいて血まみれでした。
59キロの豊田湖に到着したのが3日の午前1時30分でした。
豊田湖のトイレで傷を水洗いしてからバンドエイドで応急処置をしました。

ここのエイドの受付に同じ旅館に泊まっている札幌からこれてている
美人ランナーのAさんが居られました。
調子がおもわしくなく休んでいるとの事でした。
実はバンドエイドはAさんから頂きました。

豊田湖からは再び一人旅です。
寒くても左手が血まみれなのでウィンドーブレーカを着る事が出来ません。
Tシャツ1枚なので震えながら走って行きました。

さすがに疲れてきてここから多くのランナーに抜かれてしまいました。
「今回はここまでか・・・。」
どこでやめるかということばかりを考えるようになりました。

67キロの俵山温泉エイドについても回復しませんでした。
それから長くて厳しい砂利ヶ峠をとぼとぼと歩いて行きました。
眠たさもピークになってきました。
確か完踏した時はここも走って登ったなあ、なんて考えると益々と
気が滅入ってきました。

峠からに長い長い下り道をボチボチと走っていると段々と調子良くなってきて
80キロの新大坊エイドまでの10キロは休まずに走り続けることが出来ました。
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復活!
と思ったのですが基礎体力も無いくせに調子に乗ったものだから
ここからまた走られなくなってしまいました。
眠気も襲ってきました。

伊上の交差点を右折してしばらく行くと自販機がありました。
ここでブラックコーヒーを飲んで少しですが眠気を抑える事ができました。

朝日が綺麗でした。
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不思議と登り道になるとゆっくりですが走る事が出来るようになり
何とか87キロの旧油谷中学校に着く事が出来ました。
チェックをしてから近くの海湧食堂でお粥さんを食べました。
この食堂はこのレース中で雄一生ビールが飲めるところなので当然
頂きました。

気力回復!
午前7時に食堂をでて登り道を走り続ける事が出来ました。
恐るべし生ビールパワー・・・。

しかしそんな付け焼刃のパワーは俵島でことごとく打ち砕かれてしまいました。
俵島の厳しい道では全く走れなくなってしまいました。
時間がかかり過ぎているのと左肘も痛いし足も痛いし眠たくなるしと
気力がどんどんと萎えて行きました。

俵島のチェックポイントでは何と豊田湖でお世話になったAさんが追いついて
きました。休んでいると少し回復して走れるようになったという事でした。
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自分はもう走れないのでAさんは先に走って行かれました。
ここからずっと歩きです。
やっと農協の三又路までたどり着いたらAさんがベンチに座っていました。
やはり調子がいまひとつ良くないみたいです。

Aさんは私付いて行きますというのですが
「私に付いてきても完踏できませんよ」と言うと
「行ける所までお願いします」ということで再び道連れが出来ました。

Aさんは去年初めて250キロに参加して見事完踏しています。
走歴も私よりもずっと長いベテランランナーです。
色々と話していると何故かまた少し走れるようになりましたね。
(現金なものですね)

本当はこれ以上歩き続けるのも辛いので107キロの川尻岬でリタイヤを
しようと思っていたのですが、それも出来なくなってしまいカレーライスと
缶ビールで最後のエネルギー補給をしました。

それでも案の定、117キロの立石観音で力尽きてしまいました。
私と道連れになったAさんには申し訳ない事をしました。

結局、今年も「宗頭おはようございます隊」の一員になっちゃいました。

朝、バスは山口行きしかありません。

Aさんと相談して萩までのコースを歩いてみる事にしました。
私は何度か明るい時に(当然リタイヤした時ですが)歩いているのですが
Aさんは去年真っ暗な時に走ったので全くイメージが出来ないそうです。

4日午前7時に宗頭文化センターを出発して約3キロで
藤井商店に到着しました。
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ここから細い道を左に登って行きます。
暗いと全く分からないのですがのどかな里山の良い道です。

楽しく話しながら歩いていると辛いはずの鎖峠もあっという間に
到着しました。長い道を下って三見分岐を左折してから三見駅に向かいました。

途中で馬の頭が3つ並んでいました。
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三見駅を見てAさんは去年とまったくイメージが違うと感心していました。
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レース中ではここからの道が一番暗くて恐い所なのですが、
明るい時ならばどういう道ではありませんね。

踏切を越えると雄大な日本海に出会います。
ここも暗いと海の音と潮に香りしかしませんね。

玉江駅を通過して萩城址に行きここでお土産を物色し再びコースにでてから
浜崎緑地公園を通って行きコースは雁島橋を渡っていくのですが、今日は
橋を渡らずに左折して萩駅に向かう事にしました。

実はAさんも私も焼き物に興味があったので萩市民体育館で開催されている
萩焼き展を見に行く事にしました。

途中でこんなものがありましたよ。
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萩焼きを堪能してお土産も買ってから萩駅からシャトルバスのある東光寺の
金照苑までタクシーで行って山口に帰って行きました。

一日お付き合い頂きましてありがとうございました。
本当ならばさっさと山口の宿に帰って不貞寝していたところを
おかげさまで充実した一日を過ごせました。

写真はこちらです。
ウェブアルバム
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by szsato | 2013-05-06 18:26 | 大会

萩往還の参加書が届きました

今朝5時半くらいにスマホからけたたましい警報音が鳴り
その数秒後に激しい地震に襲われました。
「大体震度4くらいかな」
と思ったのですが、当たっていましたね。
おかげですっかりと目覚めてしまいました。

今日も仕事だから別にいいのですが・・・。


朝刊を取りに行ったらポストに新聞と一緒に萩往還の参加書が
入っていました。
そう言えばそろそろなのですね。
(5月2~4日)

けれども全く練習が出来ていません。
先々週の週末に大学OB会の旅行会があったり、
先週の週末は仕事だったりそれに今日も仕事ですし、
まったく練習する時間がありません。

じたばたしても仕様がないのでと開き直ってみたり、
やっぱり走らねばと焦ってみたり
なかなか落ち着きませんね。

明日は久しぶりにロング走をしようと心に誓うのでありました・・・。
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by szsato | 2013-04-13 14:10 | 大会

坂本龍馬脱藩マラニックに参加しました

今年で3回目の坂本龍馬脱藩マラニックに参加しました。

3月15日午後3時半に高知に高速バスで到着しました。
ホテルにチェックインしてからすぐにすずやんとお田鶴さんに電話で
連絡するとすぐにホテルにいくからジョグでくると言う事でした。
慌ててジョグの恰好で待っていると元気なお2人がやってきました。
一年ぶりの再会でした。

それからは3人でゆっくり走ったり歩いたりして山内神社に行ったり
坂本龍馬生まれたまち記念館、明日のスタート地点の坂本龍馬生誕地、
高知城と色々と市内観光をしました。
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             坂本龍馬生まれたまち記念館

それから密会の場所に指定されている「ひろめ市場」に行きました。
集合時間は午後7時だったのですが30分程前に到着しました。
ここは色々な店が色々な物を売っていてそれを買ってきて好きなように
飲める、言わば自由な巨大な居酒屋、という感じですかね。

まだ30分ほど早かったのですが3人で密会を始めてしまいました。(笑)
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鯨にさえずり(舌の刺身)菜の花のお浸し、鰹の煮もの

約束の時間になって主催者のH氏と参加者のHuziwaraさんがやってきました。
明日のスタート時間など打ち合わせをした後で衝撃な発言が主催者のH氏から
発表されました。それは
「脱藩マラニックは来年でファイナルにする」
という物でした。

3月16日午前5時30分
4人の脱藩予定者が坂本龍馬生誕の地にやってくると主催者のH氏は車で
待っていてくれました。
荷物を預けて記念写真を撮ってからスタートしました。
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坂本龍馬は文久二年(1862年)3月34日に自宅のあったこの地を
出発して脱藩しました。

まだ明けきっていない空のもと一路西へ走って行きました。
やがて道は路面電車と並行してJR朝倉駅に到着しました。
ここでH氏が待っていてくれました。本日最初のエイドです。
実は去年は雨が激しくてH氏に連絡せずにここから電車に乗っていまったので
10キロほど短縮出来たのですが、その後連絡が出来ずにやっと遭遇できた
約3時間程がノーエイドになってしまったことがありました。
今年はまじめに走ります。

日下大橋まで約15キロ、ここまで車の多い道を走ってきたので
ここからは車が少なくなるのでほっとしました。
しかしここからは徐々に登り道になってきます。
花粉症の影響で走りがしてから咳が止まらずに苦しいランになりました。

佐川町をすぎ20キロを越えるとさすがにしんどくなってきました。
今回は全然練習不足の状態で参加したので何処で車に乗せてもらおうかと
思いながらずっと走っていました。
やがて道は山道に入って行き峠を目指して行きます。

健脚の3人からはどんどんと離されて行きました。
やっとの思いで今日の一番の難所である栃木峠にたどり着きました。
もう膝はガクガクです。

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龍馬はこの難所を雨の中道を急いだそうです。

四国カルストの特徴である白い花崗岩がゴロゴロする下り道では
さすがに膝の踏ん張りがきかずに3回くらい転びました。
やっとの思いで下り終えて所にエイドカーが待っていました。
全く躊躇せずにワープをお願いしました。(笑)
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約5キロほど車に乗せてもらって「葉山の蔵」で3人の勇志を待ちました。
みんな元気に走ってきました。さすがです。
ここで本日のお昼となりました。
おにぎりと鰹のタタキそれと少しだけビールを頂きました。

それから走りだしてすぐにある道の駅でゆずシャーベットを食べて
元気を補充しました。

それも最後までは持たずに最後10キロ程はまたまたワープしてしまいました。

今日の走行距離は約75~80キロくらいです。
ワープした私は60キロくらいでしょうか。
ゴールは梼原町に入ってすぐの「雲の上の温泉」です。
ここで汗を流して車で今晩の宿泊地の「友禅」に送ってもらいました。

龍馬は3月25日に「雲の上の温泉」がある太郎川にある那須俊平、信吾親子の
家に泊まったそうです。
酒を飲みながらどんな話がなされたのでしょうか?

我々も民宿で色々と有意義な話で盛り上がりました。
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3月17日午前6時30分
いよいよ今日は国境越えです。
そして隠れていた密偵が正体を現す予定です。
(と言うのか最初からバレバレの恰好でしたが・・・)

私は昨日の疲れが取れず膝痛に苦しみながらのスタートでした。
だからそれを言い訳にワープをしまくりました。(苦笑)

今日の行程はお金は全く必要ありません。
なぜならば途中で使うところが無いからです。
コンビニどころか自販機もありません。
トイレは約50キロのなかで2,3か所くらいです。

最初は梼原の町にある「維新の門」に行きました。
ここにはトイレと自販機があります。
後トイレは2,3ヶ所しかありませんね。
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今日も朝から咳が止まらず、しかも膝痛も出ていて先行きが思いやられます。

大越峠を越え「宮野々関門」跡をすぎ18キロほど舗装路を走ったあと
いよいよ国境の韮ヶ峠に山道を登って行きました。

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密偵はなんとすずやんでした。
すずやんはこの「赤い忍者」の恰好で各地の大会に参加して沿道の
子供から絶大な人気があるそうです。
ただこの脱藩道ではただの一人も子供に遭遇する事がなかった
(人と遭遇するのもまれでした)ので寂しそうでした・・・。(笑)

私はしばらく山道をチャレンジしたのですが途中からワープして一気に
峠に着いてしまいました。
汗をかきかき登ってきたメンバーから「あれ?もう着いたの」
と言われたので
「どこでもドアで来ました」と苦しい言い訳をしました。
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無事に国境を越えたのはつかの間まだまだ厳しい道が続きます。

龍馬は3月26日にこの韮ヶ峠を沢村惣之丞と那須俊平、那須信吾の4人で
越えたそうです。ここから那須信吾は引き返して4月8日高知城下で吉田東洋暗殺に
参加しています。

途中で赤い忍者のすずやんに
「龍馬ブームが過ぎた後、こんな厳しい脱藩道をすべて走破するのは年に
何人くらい入りと思う?」と聞いてみたら
「おそらく4人」だって・・・。

男水で喉をうるわそうとしたら今年は水が止まっていました。
残念・・・。
ここには2つ目のトイレがあります。

ここから榎ヶ峠を越えるのですが峠の手前に龍馬が泊まったと言われとぃる
「野村町榎」という集落がありました。いまでも「坂餅龍馬脱藩の宿」と
書かれていました。

榎ヶ峠を下ったところに「御幸の橋」があります。
屋根橋と言われ橋の上で雨をしのぐ事が出来ます。
ここで昼食となりました。
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昼食をさっさと済ませて先を急ぎました。
封事ヶ峠から三杯谷に出ます。
実は私は去年もこのあたりで道に迷った事がったのでワープさせてもらいました。
三杯谷の休憩所に本日3つ目のトイレがあります。
後はゴールまでありません。(いやゴールにもありません)

ここから水ヶ峠まで厳しい登り道が続きます。(当然ワープです)

水ヶ峠から泉ヶ峠までは気持ちの良い尾道が続いています。
車で先に水ヶ峠まで行っていた私は先に出発しました。
森林の中今日で一番気持ちのいい走りが出来ました。

泉ヶ峠は3月26日に国境を越えた龍馬が最初に泊まった所です。
当時は集落があって色々と賑わっていたそうですが今ではその面影も
ありません。

峠を過ぎたあたりから雨が降り出してきました。
3人の健脚なメンバーはまったく気にしないで疾走しています。
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軟弱な私は途中でさっさ勝手にゴールを決めて車に乗り
本当のゴールである宿間まで車で行ってしまいました。
結局半分近くワープしたので本日の走行距離は25キロくらいでしょう。

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龍馬はここから舟に乗って長浜に行き長州に渡って行きました。

やがて雨の中3人の勇志がゴールしてきました。
来年はファイナル、是非ともワープしないで走り通したいものです。
(まあ、無理かな・・・)
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写真をアップしました。
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by szsato | 2013-03-23 23:58 | 大会

すもとマラソンに参加しました

今、博多に向かっている新幹線の中です。
午前6時発なので家を4時半に出ました。

ここのところいそがしくて全く走る事が出来なかったのですが、
いきなりハーフマラソンに参加しました。

場所は淡路島の洲本です。
カワニャンさんとシンシーさんの車に乗せて頂きました。
6時15分にカワニャンさんのご自宅で集合して出発です。

今回カワニャンさんは表彰台狙いの5キロ、私とシンシーさんはハーフです。
富士山で膝を痛めて以来レースには全く参加していないので不安がいっぱいです。
しかもここのところ全然練習していなくて10キロ以上走った記憶がありません。
(そういえば一度だけ20キロの通勤ランをしました)

ハーフマラソンといえども完走の自信がありませんでした。

すもとマラソンはまだ開催2回目でハーフは今回が初めてでした。
参加者も全体で2000人くらいでそのうちハーフは半分くらいという
小さな大会です。

会場では地元の野菜が破格の安値(ほとんどが100円)で販売されていました。
(子芋と大根を買いました・・・笑)

ハーフのスタートは10時からだったので15分前の集合です。
ここいらが大きな大会とは違いますね。

スタート前はものすごく寒くてぶるぶると震えていました。
それでも走り出したら何とかなるものです。

コースの最大高低差は70mなのでウルトラに比べたらなんでもないのですが
ハーフマラソンとしては大きいですね。
案の定、アップダウンの連続で結構足にきましたよ。

最初の10キロは丁度1時間、キロ6分をキープ出来たのですが
やっぱり練習不足なので後半の上り坂ではガクンとペースが落ちてしまいました。
前半では登った分は下りで取り返していたのですが、後半ではそれもままならず
結局、2時間10分という情けない結果に終わってしまいました。

それでもゴールしたのは本当に久しぶり(去年の篠山マラソン以来です)なので
それなりに嬉しかったです。

このマラソンは終ったあとで「ふるまいコーナー」というものがあって
おかず、汁物コーナー5ブースから一品、丼物、麺類コーナー4ブースから
一品ずつ好きなものが食べられるようになっていました。

私は「たこのチヂミ」と「ごしき菜のはなうどん」を頂きました。
なかなか美味しかったです。

カワニャンさんは、結局年代別で5位に終わってしまい景品のイチゴが
取れなかったので残念がっていました。
(おすそ分けを狙っていた私も残念でした・・・笑)
参加する前にインフルエンザにかかってしまい練習が出来なかったそうです。

会場を後にして淡路島の西海岸をドライブして途中、北淡路震災記念館によって
帰宅しました。
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by szsato | 2013-02-25 07:24 | 大会