カテゴリ:ウルトラよもやま話( 17 )

どこまでも行こう

「どこまでも行こう」
小林亜星作詞・作曲

  どこまでも行こう
  道はきびしくとも
  口笛を吹きながら
  走って行こう

  どこまでも行こう
  道は険しくとも
  幸せが待っている
  あの空の向こうに

  どこまでも行こう
  道は苦しくとも
  君の面影胸に
  風を受けて行こう

  どこまでも行こう
  道がなくなっても
  新しい道がある
  この丘の向こうに

  どこまでも行こう
  道は寂しくとも
  あの星を見つめながら
  迷わずに行こう


酔いどれランナーさんのブログで
久しぶりに思い出しました。
自分にとってはこの歌は、
萩往還道の応援歌に思えてなりません。

苦しくて辛くなって、
「リタイア」なんて言葉が浮かんだら
この歌を口ずさみながら
1歩でも前に進もうと思っています。

ちなみにマイリンクで
試聴できますよ。
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by szsato | 2009-04-16 21:36 | ウルトラよもやま話 | Comments(2)

もうすぐ”はぎ”ですね。

 もうすぐ春ですね!
というキャンディズの歌が自然に口ずさむ季節になりましたね。
私はというと、「もうすぐ”はぎ”ですね。」です。

当然”はぎ”と言うのは、「萩往還250キロ」の事です。
今まで4回挑戦して、全敗です。

 最初の年は宗頭で靴を間違われてしまい、
ある人にお借りして走ったのですが、
萩市内で撃沈しました。約200キロです。
 2年目は全然練習できていなくて、川尻岬(107キロ)で
終わってしまいました。
 3年目は途中で足首に故障が発生して、
やはり川尻岬でリタイアしました。
 4回目の去年は川尻岬は越えたのですが、千畳敷までは
疲労と眠さでほとんど走れず、千畳敷から復活したのですが、
今度はお腹にきて、仙崎でタイムオーバーでした。

 そして、今年、5回目のチャレンジです。
例年よりは長距離になれるような練習をしてきたつもりですが、
まだまだでしょうね。

 参加しているときはとても苦しく辛い思いをしていてのですが、
いつも終わってみると良い思い出でしかありません。
 今でも早く参加したくてワクワク、ドキドキ状態です。 

やはり、乗り越えたい目標がこんなに大きなことは
他にないからでしょうね。
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by szsato | 2009-04-09 22:14 | ウルトラよもやま話 | Comments(2)

いよいよ萩です

いよいよ萩往還250キロですね。
全然練習出来ていませんし、おまけに先週の六甲山全山縦走マラソンで
捻挫もしてしまってもう最悪です。
それでも何だかワクワクしているのは可笑しいですね。
まあ、それだけ魅力ある大会だと思っています。

ここで昨年まで2回参加した(けっして完踏したわけではありませんが)
経験から少し記します。

ウルトラよもやま話 その15
萩往還250キロの部のリタイヤの場合

萩往還の250キロの部で1日目と2日目にリタイヤするとスタートから約180キロ地点
にある宗頭の公民館で1泊する事になります。
ここの体育館で一夜を明かすのですが、お風呂もあり毛布もあり(1枚きりですが)
快適に休息できます。午前3時までは・・・・

午前3時以降はストーブの灯油が切れて急激に寒さが襲ってきます。
毛布一枚きりなので、そのまま寒さで眠れずに朝を迎えてしまいました。

そこで、リタイヤするしないに関係なく着替えと防寒着は荷物として送っておくべきだと
思います。それに出来れば懐炉があればもっと良いかなあと思います。
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by szsato | 2007-04-27 22:28 | ウルトラよもやま話 | Comments(0)

四万十川ウルトラマラソン

いつの間にか10月に入ってしまいましたね。
ついこの間まで「暑い、暑い」って言っていたのが嘘みたいですね。

てっ、事は四万十川ウルトラマラソンまで2週間を切ったってことですね。
(急にあせってきました)

そこで、私の四万十川ウルトラマラソンの思い出を少し書いてみます。


ウルトラよもやま話 その14

四万十川ウルトラマラソンは自分にとっても思い出深い大会です。
これまで3回参加していて、今年で4回目です。
つまり、4年連続で抽選に当たっているということです。
以下に文章はあるサイト(創作楽市 http://www.so-raku.com/)に
公開している”飲むために走る2”の一部分で
私がウルトラマラソンと出会ったいきさつです。

あるテレビを視て

フルマラソンを完走してから2年くらいたったある日、偶然つけたテレビで
四万十川100キロマラソンの大会を放送していた。フルマラソンが必死に
なってやっと完走できる程度の自分には、あまりにも遠い世界だった。
100キロを走り通せるいわゆるウルトラランナ-とはみんな怪物みたいな
人々の集まりだと思われた。
早朝のまだ真っ暗な中スタートして、日本最後の清流とうたわれる雄大な
四万十川に沿って2000人ものランナーが走っていた。参加しているラン
ナーはテレビで見ている限りそんなに怪物には見えなかった。ごく普通の
人々だった。
秋の日差しを浴びて走るランナーのかっこ良さ。何となくうらやましい。
最初は何気なく見ていたのだが、後半になるに伴い段々と力が入ってきた。
いつのまにか「がんばれ!」とテレビに向かって声援を送る自分がいた。
時間と空間を越えて四万十川の沿道で多くの人達と一緒に応援をしていた。
平気な顔で走っている人もいれば、必死の形相の人もいる。
常連で完走した人の余裕、なんとか制限時間内にゴールできた人の喜びと
涙、途中で無念のリタイヤした人、制限時間に間に合わなかった人の悲壮と
嘆きなど、それぞれに汗と涙のドラマがあった。思わず感動して涙がこぼれ
そうになった。
参加した人全員を尊敬と憧れの目で見ている自分がいた。
(一緒に参加したい、あの空気を感じながらゴールしてみたい。)
そんな思いがふつふつと沸き上がってきた。~


また今年も初心を忘れずにゴールの感動を味わえるように頑張ります。
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by szsato | 2006-10-02 21:56 | ウルトラよもやま話 | Comments(0)

ウルトラウォーカー

今日と明日は大阪の天神祭だ。
名物のギャル御輿がリニューアルされた。
と、いうのは今年から年齢制限がなくなって
30代の女性が4人も参加されている、との事だ。

「それって、おばさんの侵略か?」
と叫んだら、
「30代のどこがおばさんよ!」
と嫁さんに怒られた。
シュン・・・。

昨日の30キロ走の疲れもあったが、
月間目標距離達成のために10キロ走った。
シンドかった。

ウルトラよもやま話 その13
ウルトラウォーカー

ウルトラ大会というのはマラソンだけだと思っていたが、
実はウォーキングの世界にも100キロ大会が存在する。
実は2年前に大阪城~奈良の飛鳥を往復する
100キロウォーキング大会に参加した。

その頃はすでに何回か100キロマラソンを完走した経験があったので
余裕だと思って参加したが、とんでもない間違いだった。

ルールは一つ”走らないこと”
ところがこれがなかなか難しい。
自分では走っているつもりは無いのだが、
ついつい早足で手を振ってしまい、
「走ってはいけないよ」
と何度も注意を受けた。

途中からトップ集団の人達について行ったが
何とこの集団はまったく休憩しない。
最初からエイドは50キロ地点の一つしかないので
自主的に休まないと止まる所はない。
結局50キロまで信号以外止まる事はなかった。

Q:食事と給水は?
A:ポーチにおにぎりと水筒を持っています。

Q:トイレはどうするの?
A:スタートで済ませておけば、後は50キロ地点で用は足ります。

「私たちは自分たちのことを”アル中”って呼んでます。」
「えぇ、アル中ですか?」
「そうです、歩き中毒、略して”アル中”です、ハッハッハッ。」

80キロくらいまでトップ集団について行ったが
足の肉刺が10カ所くらいできて脱落してしまった。
今まで100キロマラソンで肉刺を作ったことがなかったのにこのザマだ。
今回に大きな間違いの一つはマラソンシューズで参加した事だと反省した。
ランとウォーキングは足の使い方が全然違うということだった。

それでも後から来た人には抜かれる事なく大阪城にゴールできたので
総合5位になったらしい。(なったらしいというのは正確に成績をとらないので自己申告だが)
完歩タイムは100キロ18時間くらいだった。
トップの人は17時間以内でゴールしたらしい。

ウルトラウォーカー、恐るべし。
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by szsato | 2006-07-24 23:11 | ウルトラよもやま話 | Comments(2)

攻撃的歩き

プロ野球のオールスター結構面白かったですね。
新庄のパフォーマンスも色々と避難する人もいますが
ファンを喜ばせて野球を盛り上げるという意味では
大切な事だと思います。

それにしても欽ちゃん球団がやめなくて良かったですね。
いくら選手の一人が馬鹿な事をしたからって、
球団が解散してしまうなんて無茶ですよね。
確かにいさぎが良いという意見もありますが、
選手やファンの事も考えないとねえ。

野球離れが言われている昨今、
欽ちゃん球団みたいな人気球団は貴重な存在だと思います。
これにめげないで頑張っていってほしいものです。

今日は仕事から帰宅してから
黄昏ランで10キロ走りました。

ウルトラよもやま話 その12
攻撃的歩き

ウルトラマラソンのコースはサロマなど一部を除いて
ほとんど山の登り道がある。
だからすべてを走り通すことが出来るランナーは限られる。
ウルトラでは”登り道は歩く”と割り切ることも大切だ。

ある大会の登り坂で何とか走って登ろうとあがいていた時
歩いて登っているランナーにすっと抜かれた。
しかし、そのスピードの速いこと、速いこと。

ベテランウルトラランナー曰く、”攻撃的歩き”と言うらしい。
けっして歩いているからといって休んでいるわけではない。
しかし、登り坂で無駄なエネルギーを使わない効率の良い方法だ。
じゃあ誰でも出来るかというとそうはいかない。
そんなスピードで登り坂を歩き通す事は出来ない。
やはり、ふだん山歩きなどをして鍛えているという。

疲れ果ててダラダラと歩いている私とは同じ歩きでも大きな違いだ。
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by szsato | 2006-07-22 23:44 | ウルトラよもやま話 | Comments(0)

ウルトラランナーのお風呂

昨日は懇親会に参加した。
大学時代の恩師に誘われて
この企業ー大学間の交流会に入会してから
はや17年、気が付けばいつまでも新人と思っていたのが
いつの間にか古参になっていた。

3年前に70歳定年で退官された恩師のM元教授がお元気なので
ホッとした。
その先生がタバコを吸っていたので
「先生、タバコはやめたのではないですか?」
と、お聞きしたら
「今日買ったんや、タバコはひやしぶりや。家じゃあ吸わしてもらえんのでね。」
と照れくさそうに笑われていた。

懇親会の後、新地を2件はしごした。

次の朝、当然朝ランは不可能だった。
夕方、何とか黄昏ラン11キロを走った。


ウルトラよもやま話その11
ウルトラランナーのお風呂

ジャニーランとは一日7~80キロを連日走り続けるマラソンがある。

北海道縦断、旧東海道走行、中山道走行とか色々ある。
そんな大会に参加しているランナーから聞いた話である。

ジャニーランは夜は宿に宿泊する。
そのときのお風呂の話である。
「多くのランナーはお風呂に入ってもシャワーを使って浴槽には入りませんよ。」
「へえ、浴槽に入った方が疲れが取れるのじゃあないですか?」
「いえ、決して足は冷やしても暖めてはいけないのですよ。そんなことすると連日80キロ
も走れないですから。どうしも浴槽に入りたい人は足を入れないように上げて入ります。」

え~、そんな姿は想像したくないです。
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by szsato | 2006-07-21 23:36 | ウルトラよもやま話 | Comments(2)

リタイヤの理由

今日は土曜日だけど出勤日だ。
今朝は5時に起きて5時半に家をでた。
久しぶりの通勤ランだ。

台風が近づいているようだが
天気はまずまずだ。雲の間から日も射してきた。

川西から伊丹を通って猪名川沿いに
汗だくになって23キロを走った。

今日は土曜日なのでジョギングをしている人を
多く見かけた。
みんな良いペースで走っているなあ。
リックを背負ってマラニック気分でモタモタ走っているのは
自分くらいか。

それでも、何とか定時までに間にあった。


ウルトラよもやま話 その10
”リタイヤの理由”

これもベテランのウルトラランナーからのアドバイスです。
「完走したければリタイヤの理由を3つ以上作るな。」
と言うことです。
ウルトラに限らずマラソンは自分との葛藤です。
強気な時もあれば、弱気になる時もある。
そんな時にリタイヤをする理由を3つ以上あればかなりの確率で
やめてしまう、という事です。
”苦しい”、”痛い”、”辛い”は当たり前、自分だけでない、みんな同じだ、と考えれば
リタイヤの理由はさらに減る。だから完走できる、とおっしゃいました。

しかし、いざとなれば打ち上げ花火のごとく”リタイヤの理由”が
吹き上がる自分でした。



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by szsato | 2006-07-08 22:35 | ウルトラよもやま話 | Comments(3)

雪のウルトラマラソン

6月の月間目標走行距離300キロを達成した。
今月は”しまなみ海道”で100キロを走ったのであと200キロだった。
しかし、今までは100キロの後は2週間は絶対に走れなかったのを
今月は”しまなみ海道”の2日後には走っているのだから少しは気合
いが入ってた。
今朝も午前4時に走りだして1時間54分かかって15キロを走った。
最後の1キロは何だかレースの最後の1キロとだぶって目標距離
(14.5キロ)に到達したときは思わずバンザイをして目に見えない
ゴールテープを切っていた。

しかし、しかしですね。体重はいっさい変化なし。
これって何?(減量失敗?)

ウルトラよもやま話 その9
”雪のウルトラマラソン”

この前紹介した”傘をさして走るランナー”で参加した2003年チャレンジ
富士五湖は本当に凄い雪だった。
スタートまえの午前4時時点で会場の富士北麓公園は銀世界だった。
当然大会は中止になると思われた。
ところが予定通り117キロの部が4時30分に、100キロの部が5時に
スタートされた。

傘をさして走るランナーには驚いたが、この雪の中、ランシャツ、ランパンに
簡易のビニール1枚かぶって走っている人にはびっくりした。
寒くないのだろうか?自分は長袖Tシャツとタイツ、その上にウィンドウブレイ
カーさらに上下のカッパという出で立ちだ。これでも寒い。

山を下って街にでれば何とかなるだろう、という期待は完全に裏切られどこま
でいっても雪中行軍だった。
たよりになるのは117キロの部の人達や早いランナーが作ってくれた
1本のワダチ道だけだ。
みんながそれをたよりに走るから必然的に一直線状態になる。
ランナー以外無人の上九一色村の近くをきちんと整列されて黙々と走る姿は知
らない人がみたら新興宗教の修行に写ったことだろう。

湖面から吹き上がってくる風が強烈に体温を奪っていく。これだけ走って寒さに
震えたのは初めてだ。あのランシャツ、ランパンの人は大丈夫だったのだろうか?

下水道の金属製の蓋に足を取られて何度も転びそうになる。しかたがないので
飛び越える。しかし、足元ばかり気にしていると、雪の重みで垂れ下がった街路
樹の枝で顔面をしたたか打つ。今度はしゃがんで通り過ぎる。下を見て飛び越え
て、上を見ててしゃがんでと、まるでアクロバット走行だ。

途中でスタッグしている車を助けたランナー達もいるらしい。

ついに大会は47キロで中止になった。
正直ホットした。

しかし、それからが大変だった。雪の中を走ったあと結構濡れているのに47キロ
地点の公民館にほとんど荷物を送っていなかったのだ。ランナーが大行列で待っ
ているがなぜか暖房がほとんど効いていなかった。しかも、雪道の影響で送迎バス
はなかなかやってこない。寒さに震えながら何時間も待たされた。

エイドに送る荷物は何があるかわからないので常に着替えを送っておかねば
ならないという良い教訓になった。

でも、良い経験ができたと今では思っている。それに117キロの部や100キロの部は
雪の中とはいえまだ走れたからよかった。
10時スタートの70キロの部の人たちはスタート前に中止が決まってしまって本当に
気の毒だった。こんなに貴重な体験ができなくて・・・。



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by szsato | 2006-06-29 22:37 | ウルトラよもやま話 | Comments(0)

傘をさして走るランナー

今朝は午前4時前に起きて
家を飛び脱した。

昨日は予定がくるってしまい走れなかった。(走らなかった)
月間目標距離300キロまで32キロ。
なんとかしなくては、という思いが重たい体を動かした。
ネバーギブアップ

2時間で17,5キロ走った。
あと14,5キロ、あと2日。
明日から頑張ろう。
(あ~眠たい!)

ウルトラよもやま話 その8
”傘をさして走るランナー”

それは数年前のチャレンジ富士5湖の100キロの部での事だった。
スタートの朝は雪、雪、雪の一面の銀世界だった。
それでも、大会は開催された。
そのとき一人のランナーが傘をさしていた。
私は思わず彼に尋ねた。
「まさかとは思うのですが、傘をさして走るのですか?」
「ええ、通勤ランで慣れていますから。」
「でも100キロですよ!」
「はい、慣れていますから。」

そのランナーを30キロ地点のエイドステーションで見かけた。
確かに傘をさしたまま走っていた。
「凄い、本当に傘をさして走ってるのですね。」
「ええ、慣れていますから。」
と彼は言って走り抜けた。

結局その大会は大雪のために47キロで終わってしまったが、
レースが終わったあとそのランナーを見かけたのでまたまた尋ねた。
「ゴールまで傘をさして走ったのですか?」
「ええ、慣れてますから。」
凄いランナーもいるものだ。
(でも彼の腕はレースが終わったあとも曲がったままに見えた)
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by szsato | 2006-06-28 23:37 | ウルトラよもやま話 | Comments(3)