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つゆだく牛丼

息子が牛丼を作ってくれと言うので既製品の物を買ってこようとしたら
「チェーン店の物よりお父さんが作ったつゆだく牛丼の方がずっと美味しいよ。」
なんてうまいこと乗せられてしまい作る事になりました。

用意する物はは牛肉 200グラム、タマネギ 半分、白ワイン 70cc(20ccは下味用)、
醤油 大さじ6杯(1杯杯は下味用)、砂糖 大さじ4杯、味醂 大さじ3杯、水 100cc
お酢 小さじ1杯  です。

まず牛肉に醤油 大さじ1杯と白ワイン 20ccをよく混ぜて5分くらい置いておきます。
次に醤油 大さじ5杯、砂糖 大さじ3杯、味醂 大さじ3杯、白ワイン 50ccをお鍋に
入れて火に掛けます。
沸騰したら牛肉を入れて煮だったらタマネギと水 100ccを入れます。
後はタマネギがしんなりと煮上がったらお酢 小さじ1杯を掛けて一煮立ちさせて出来上がりです。
熱々のご飯に具とたっぷりのつゆと掛けて下さい。
ただし、味の好みがありますので調味料の分量は加減をみて調整して下さいね。

嫁さんも子供達も人を乗せるのが上手になったものです・・・。
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by szsato | 2010-03-31 15:03 | 男の料理 | Comments(6)

萩への道練習会

週末の龍馬伝を視ました。
龍馬が土佐を捨てて脱藩するというのでそういうシーンを期待していたのですが
脱藩しました・・・。だけでした。
脱藩道のも色々なドラマがあると思うのですがねえ。

まあ、私の方は坂本龍馬脱藩道マラニックの完走記を書き終えてほっとしている
ところです。しかしながら四国から帰宅して以来、雨が続き走れませんでした。
やっとお天気になったと思ったら今度はお腹の具合が悪くなってしまい、これが
思ったよりも重症でやはり走ることができませんでした。

そして、日曜日にはささきさん主催の「萩への道練習会」で60キロマラニックが
行われるという事でお誘いを受けていました。しかしその時に私の地元を走り抜けて
行くというのに、前々からその日は息子のボーイスカウトの保護者会があって参加する
事が出来ませんでした。
しかし、保護者会の時間をよく見直してみると午後1時からとなっているでは
ありませんか!
それなら午前中はフリーというわけなので、
「地元を踏み荒らして行く連中に挨拶をしなければ」(笑)
という訳で午前中だけ参加させて頂きました。

午前7時過ぎに家を出て阪急川西能勢口駅に向かって走って行きました。
駅まで7キロほど走って駅に着くとすでにささきさん、カワニャンさん、
かねさん、あちゃこさんはすでに来られていました。
川西能勢口からスタートして萩原台の坂を登ってから一気に下り多田神社に
着きました。この神社は私の練習コースの一つで清和源氏の発祥地として
奉られています。徳川時代に幕府に保護されていたといの事で葵の紋が大きく
飾られていました。
スタート地点で写真を撮るのを忘れていたのでここでビフォーの記念撮影を
しました。アフターの写真が楽しみですが今回は午前中までの参加なので私が
写真を撮ることは出来ません。残念です。
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お賽銭として10円を挙げて萩往還の完踏を祈願しました。
多田神社から能勢電多田駅の方向に走って行きました。本来ならば桜並木で
見事なはずがここしばらくの寒気でまだ早かったですね。

国道173号線に出てからはしばらく国道を走って行きました。山下から国道と
別れて能勢電沿いにしばらく走ってやがて一庫ダムの下に向かって行きました。
公園から地道を登っていくとダムの上に到着しました。
ここまで駅から約11キロです。ここからは自宅からどんどんと遠くなってしまうので
私はここでみんなと別れる事にしました。
萩いな皆さんはここからさらに50キロほど走る予定です。
記念撮影をして見送りました。
私はここから日生中央駅の方に出てから白金、広根と通って走って行きました。
清和台西から石道の方向に猪名川沿いに走って行くと見事な桜に出会いました。
今が見頃で何人かの人が一眼レフのカメラで撮影していました。
その桜の所から3キロほどで自宅です。一庫ダムから自宅まで13キロ、結局今日は
31キロ走りました。
走り終わってみると膝が少し痛いです。まずいかなあ・・・。
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写真をアップしました。
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by szsato | 2010-03-29 16:36 | ジョギング | Comments(12)

坂本龍馬脱藩道マラニックに参加してきました3


第三部 脱藩成功?

朝になると夜中の雷雨が嘘のように収まっていました。
昨夜85キロも走ったというのに不思議と筋肉痛はありませんでした。
でも、55キロという今日の道程はすごく不安でした。
朝からボリューム一杯の朝食を済ませて、写真を撮ってから6時に出発しました。
風が強く前を走る人にウィンドブレーカが激しくはためいています。

 梼原の町を走っていくと和田城跡にある「維新の門」に着きました。
ここには維新で散っていった8名の志士達の銅像が立ち並んでいます。
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坂本龍馬、那須俊平・信吾父子、澤村惣之丞、吉村虎太郎、前田繁馬、
中平龍之助、掛橋和泉であり明治維新が成ったときにはみんな壮絶な死を遂げて
いました。それを見ているとなぜか胸が熱くなってきました。
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 「維新の門」を出てからゆるやかな登り道が続きます。
今日もすずやんとお田鶴さんの2人が先頭でペースを保っています。
道は四万川沿いに続いています。(四万十川とは違います。)
しばらく走っていくとサポートカーが待っていてくれました。
ここが宮野々番所跡です。番所跡の前の道は龍馬脱藩当時の佇まいが残って
いそうな感じでした。この番所は土佐と伊予との往来を管理するための
関所であり、そしてここの管理人が龍馬の道案内をした那須親子とは深い知り合
いであったというので、そこをこっそりと抜けなければいけない脱藩者龍馬との
間で当時どのようなことが行なわれたかというのが歴史的にも面白いですね。
いよいよ車道から別れて山道に入っていったのですが、さすがにここまで
15キロくらい走ってきているので足に疲れがでてしまい、ひとりペースが落ちて
きました。ゆっくりと坂道を登っていったのですが皆さんとの距離はどんどんと
広がってきました。途中で藤原さんが待っていてくれました。ここからまた案内をして
頂きました。すると途中で昨日と同じくワープを薦めてこられました。
昨日は我儘を言って最後まで走らせて頂いたので藤原さんには大変迷惑をかけて
しまったという思いが強かったので、さすがに今日は無理を言えませんでした。
まあ、それだけ疲れていたのも事実です。車道に出たところでサポートカーが待って
いました。他の皆さんは給水を終えたところでした。私はサポートカーに乗って
細川さんと5キロ程ワープさせて頂きました。

 しばらく車に揺られ韮ヶ峠の1.7キロ手前の車道で車は止まりました。
ここからしばらく待ってから車を降りひとり先行で峠を目指して走っていきまし
た。1時間程休憩できたのでかなり体は軽くなりました。それでも道は厳しくや
がて走り続けられなくなり歩いたり走ったりの状態です。龍馬もこんな苦労をし
て伊予へと向ったのだろうなあ、と思いながらあぜいているとようやく車道に出
ました。そこから少し行くと標高970メートルの韮ヶ峠に到着しました。
韮ヶ峠に到着するとサポートカーが待っていてくれました。
ここが土佐と伊予の境界になりここを越えると脱藩成功という事になります。
しかし果たして私の場合は途中で文明の利器を使ってしまったので本当の意味で
脱藩成功というのには疑問が残ります。その意味でも来年、時間が許されるなら
リベンジしてみたいです。それでももう愛媛県です。やっと伊予の国に着いたと
いう喜びは大きかったです。
 すぐにみんなが追いついて登ってきました。やはり皆さんタフ者ばかりです。
しかし、今日も藤原さんは体調不良でここからサポートカーに乗ってしまいまし
た。どうもお腹に具合が良くないそうです。何だか責任を感じました。
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 峠道を下っていくと四国カルスト台地のためか白い石が目につきました。
やがて見事な滝が見えました。そこに龍馬も飲んだといわれる男水という湧き水
がありました。柄杓で飲もうと思ったのですが柄杓があまりにも苔むしていたの
で手ですくって少し飲みました。維新の味がしました。
(どんな味やねん、というツッコミ)
 しばらく行くと道はきびしい登り道へとなってきました。とても走れるような
ものではありません。すずやんとお田鶴さんと3人で色々とお話をしながら歩い
て行きました。えぐちさんはひたすら先行しています。さすが山屋さんだけあっ
てすごいパワーを持ったひとですね。
 人家は全くない道を行っていたのですが突然、坂本龍馬の宿という民宿があり
ました。実際に龍馬が泊まったわけではないそうですが経営している方がご高齢
なのでいつまで営業しているかわかりませんよ、とすずやんが言っていました。
さらに登っていくとやがて脱藩の道という看板がありいよいよ山道に入って行き
ました。ふたたびあえぎながら登っていくとやっとの思いで榎ヶ峠にたどり着き
ました。
 
 榎ヶ峠を下って行くと天神社に出て参道の小川を渡りました。その橋が「御幸
の橋」です。この橋には何と屋根架かっていました。橋を渡った所で昼食になり
ました。そしてもちろんビールです。しかし今日は飲む人が少ないですね。結局、
私と藤原さんの2人で飲みました。
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 2日目の道程ではコンビニはもちろんお店という物は一軒も見かけませんでし
た。自動販売機もほとんど無かったです。だからサポート無しで走ろうと思うと
相当な覚悟と準備が必要だと感じられました。それにトイレの問題もあります。
男性の場合はほとんどが山道なので何とかなりますが、女性の場合はそれなりの
覚悟が必要ですね。男性でもお腹の方の場合はどうなるか?すずやんに聞きます
と数年前に兵庫県から参加された方が途中でもよおされしかたなく山の茂みの中
に入って行ったとの事です。すずやん曰わく、脱藩ならぬ脱○記念の場所がある
そうです。(笑)

 脱藩の道を書いている本によると「龍馬は韮ヶ峠を越えて伊予の国に入ると下
り坂が多くなるので軽やかに駆け抜けたと思われる」と書いてありましたが、実
際はまだまだ登ったり下ったりの厳しい道が続き嘘やんって思ってしまいました
ね。

 昼食後、再び走って行くとやはりみんなから送れ気味になってしまい、あとは
「脱藩の道」という看板を頼りに走っていったのですが、川沿いに行く道の途中
で道が3方に分かれていました。そこには何の看板もなくそのまま川沿いに行
くと畑の中に入ってしまい方向も反対側に向っていました。これは間違ったと思
って分岐のところまで戻って山側に行く道を行くと段々と道の勾配がきつくなっ
てきて最後には木こり道みたいな感じになりました。先に進んで良いのかどうか
迷ってもう一度引き返してもう一方の細い道を行くと行き止まりでした。完全に
迷ってしまいすずやんに電話をかけてみたものの電波が悪くて要領をえません。
しかたがないので数キロ車道まで戻りました。そこで連絡を取るとしばらく車道
を行くとサポートカーが待っているということなのでそこまで走って行きました。
結局ここで30分以上ロスしました。みんなとはかなり送れてしまったのでここ
からまたしばらくはサポートカーに乗せてもらいました。泉ヶ峠の入口まで送っ
てもらってここから再出発です。ここからはゆるやかな登り道で(厳しい登りは
車に乗せて頂いたので)休憩をしたおかげで軽やかに走る事が出来ました。
しかし、やがてすずやんとお田鶴さんに追いつかれてしまいました。凄すぎです。
そしてえぐちさんはさらに先行しています。泉ヶ峠に着くと案内板がありここに
は昔、宿場があって龍馬が泊まった所だそうです。今は家一軒と残っていません
でした。
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ここからはあとはほとんど下りですが、道はけっこう荒れていて走りにく
かったですね。
 やがて午後4時半頃に龍馬が舟に乗ったと言われる宿間の亀の甲に着きました。
今ではほとんどわからないのですが昔は舟着の場所があったそうです。
龍馬はここから川舟で肱川を下って長浜に出てここから「坂龍飛騰」と称される
維新の道へと飛出してしったのでした。

そしてここが今回の2日目のゴールです。今日の走行距離はGPSで53キロだそうです。
でも、私は2回もサポートカーに乗ってしまったので大体10キロくらいはマイナスに
なっていると思われます。
細川さんのサポートはここまでですが、今回はフル脱藩ということなので3日目の
長浜までの道があります。私と藤原さんはここまでの予定なので内子の駅まで
細川さんに送って頂く事になりました。
 ゴール地点では3日目をチャレンジする人達を今晩の宿まで送って頂くYさんが
待っていてくれました。Yさんは沢山の色々な蜜柑を持ってきてくれました。
蜜柑を食べながらのビールはとても美味しかったです。Yさんは今年の萩往還で
250キロにチャレンジされるそうです。
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 着替えを済ませて記念撮影をして解散となりました。
3日目はすずやんとお田鶴さんとえのさんは予定の長浜までの35キロを走った
そうです。そしてえぐちさんは石鎚山方向に山登りをしたそうです。
坂本龍馬は3月24日に土佐を出発して27日に亀の甲に着きました。それを2
日で走破するだけでもすごいのに、皆さんはやっぱり超人でした。

 脱藩は取りあえず果たしました。その後は5月の萩往還です。
次は長州への道です。

写真をアップしました。
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by szsato | 2010-03-27 21:55 | 大会 | Comments(10)

坂本龍馬脱藩道マラニックに参加してきました2


第二部 梼原への道

午前6時に平成の龍馬達6名が坂本龍馬生誕地に集まりました。
やがて案内人の細川さんがワンボックスカーでやって来て荷物を車に積んでから写真を
撮っていよいよスタートです。空は曇り、そして予報では午後から雨どうなる事やらです。

 道案内はこのマラソンを何回も走られている藤原さんです。
藤原さんはさすがによく走られているだけあって色々と詳しく説明して下さいました。
今回は経験者はすずやんさん、お田鶴さんの3人でえのさんとえぐちさんと私は
初参加です。
すずやんさんとは今までしまなみ海道、四万十川、そして去年のUMMLマラニック
高野山の3回お会いしていますが一緒に走るのは初めてです。
お田鶴さんは今回ただ一人の女性でこのコース中ずっとすずやんさんと一緒に
軽快に走っておられました。
えのさんは大学に先生らしく見た目にも学者さんランナーという印象でした。
(どんな印象やねん?笑)。えぐちさんはロードよりも山道の方が得意だと言われていた
のですが、ロードでもなかなかの粘りをみせるランナーです。そして山では凄く強い走りを
されていました。伺ってみるとランナーであり山屋さんでもあるそうです。
藤原さんとすずやんさんが先頭で私はいつでも脱落出来るように
最後尾を行きました。 

ここからすぐに南下して鏡川に出て川沿いに走り橋を通って鏡川を渡り南下しました。
途中から住宅地に入ってやがて鳥居に出ます。鳥居から急な石段を登った所が
和霊神社です。この神社は坂本家の本家である才谷屋の守護神だったそうです。
文久2(1862)年3月23日、脱藩の決意を固めた龍馬は、酒をもって花見にとこの
和霊神社に詣で、武運長久を祈願したと云われています。
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さてそのご本尊ですが思っていたよりもずっと小さな神社でした。
ここで今回の脱藩の成功を祈願しました。
そこからしばらくは車道を走りました。路面電車の通っている道を
走りやがて朝倉駅前に着きました。踏切を越えてしばらく行くと伊野ICの前を通りすぎた
所にサポートの細川さんが待っていてくれました。

この脱藩マラニックは細川さんによって給水と食事、道案内とフルサポートです。
バナナを食べて力をつけて出発です。
伊野駅前を通り仁淀川を渡りしばらく走るとスタートから20キロです。
例年ならここまで車で送ってもらってここからスタートだそうです。
「だから気分を新たにここからスタートと思いましょう。」
と言われても20キロ走ってきた疲れがどっと残っています。
あと70キロ気分はどんよりと曇る空と同じです。

 藤原さんに「ここからが本当の脱藩道なので楽しめますよ。」と言って頂きました。
日高村を越えて佐川町を抜ける頃になるとなぜか藤原さんが体調不良を
訴えだしました。やがて無理しないようにサポートカーに乗ってしまいました。
ここからは5人旅です。コースを一番良く知っている藤原さんがいなくなって
心配でしたがすずややんさんもかなり詳しくここからはすずやんさんとお田鶴さんに
引張ってもらいました。しかし、この2人ペースがかなり速いですよ。斗賀野から
いよいよ本日のメインイベントである朽木峠の道へと登って行きました。
途中から元気を取り戻した藤原さんも再戦です。
観光ガイドでも一番よく紹介されている所です。どこまでも続く山道をあえぎながら
上って行くとやがて関所の跡が見えてきました。やっとの思いでたどり着くと藤原さんが
お酒の入ったコップを差しでしてくれました。コップ1/4ほどのお酒を一気に飲み干すと
体がかっと熱くなりましたね。
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ここ朽木峠を下って行くと地元の人が数人いてしばらく話しをしました。
実は明日ここで脱藩ウォーキングがあってここでは村中あげてボランティアを
されているそうです。自分たちが今朝、高知から走ってきたと言ったら
ビックリされていましたね。さらにここから今日中に梼原まで行くと言ったらさらに
驚かれていました。

 そこからしばらく走った所でやっとお昼です。おむすびと玉子焼、鰹のタタキそれに
当然ビールです。お米も玉子焼もタタキも最高に美味しかったです。
そしてビールも美味しすぎてついついロング缶1本は飲んでしまいました。
まだまだ先は長いと言うのに・・・。
お腹を膨らませて走っていくと葉山の蔵に着きました。
藤原さんはまたしても体調が良くないようですね。

 ここから梼原街道と呼ばれる国道197号を走って行き、やがて国道と別れて並行して
行く道を走っていくと白石小学校で着きました。古くていかにも伝統のありそうな学舎だった
のですが、聞いてみるとこの小学校は明日で廃校になるそうです。
何だか感慨深いものがありました。
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 道はいつまでも登っています。やはり私の実力ではみんなに着いていくのは辛くなり
ペースを落としてマイペースで走る事にしました。それにしてもどこまで坂道だろうか?
もしかしたら萩往還250キロの千畳敷よりも長いかも知れないと感じましたね。
でも練習不足の割に遅いペースだとはいいながら走り続けられている自分に驚きました。

やがて途中で藤原さんが待っていてくれました。どうやら体調が回復されたそうなので
この後の道を案内して頂けるそうです。他の皆さんはとっくの先だとか。
本当に申しわけありませんね。しばらく行くと突然、茶畑の中を行くので驚いて聞いてみると
かなりショートカット出来るそうです。
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やがて将監神社に出て国道に出ました。ここにサポートカーが待っていてくれたのでビールを
コップ2杯頂きガソリンを入れて気合いをいれなおして走りました。

 しばらく行くと四万十川に出会い四万十川の上流に来られたことになぜか感動しました。
それからは梼原街道をひたすら走ったのですが、空の具合が段々と怪しくなってきました。
やがて雷が鳴りだしあっと言う間に豪雨になってしまいました。
一緒に走ってくれている藤原さんが頻りにサポートカーによるワープを誘ってきます。
しかし梼原までは走りたかった私は我儘を通して頂きずぶ濡れになりながら走りました。
残り10キロ程になったときには歩道がなくなりあたりもまっ暗になってきました。
サポートカーから懐中電灯を借りていたのですが電池を節約するために対向車が来た時と
足元が怪しい時にだけ点灯させました。
3つ目のトンネルを抜けてしばらく下り道を走ると今日のゴートである梼原の「雲の上のホテル」
に到着しました。ここまでGPSで85キロ約14時間でした。しかし気分的には100キロを
越えているように感じられました。
ここの温泉で冷えきった身体を温めて全員でサポートカーに乗せて頂き近くの旅館まで
行きました。しばらくはひっくり返って寝ていたい気分だったのですが、時間も遅いので
直ぐに食事になりました。乾杯をして少しずつビールを飲んでいると少しずつ回復してきました。
しかしメニューは鰹のタタキとか里芋の煮物、等々色々と美味しそうな物があったのですが
食欲はなかなか出てきませんでしたね。

 ここまで走り切れた嬉しさの反面、明日はまだ50キロ以上ありそれもほとんどがトレイルに
なると聞くとこの疲労した状態で本当に大丈夫だろうかという不安がよぎるのでした。

この続きは第三部「脱藩成功?」に書きます。

写真をアップしました。
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by szsato | 2010-03-24 23:37 | 大会 | Comments(7)

坂本龍馬脱藩道マラニックに参加しました

坂本龍馬脱藩マラニックに参加してきました。

3月19日のお昼に高速バスで大阪を出発して、
午後5時に高知に着きました。
すぐホテルにチェックインしてからしばらく市内を観光しました。
まずは「はりまや橋」に行ってみました。
数十年前に一度訪れたことがあるのですがその時は日本3大ガッカリと
呼ばれていたくらい「何だこりゃ?」と思ったのですが
今は川もしっかり再現されていてその変貌に驚きました。
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それからぶらぶらと高知城まで歩き天守閣を見ながら南国名物の「アイスクリン」を
食べました。アイスクリンとはアイスクリームのコーンカップに入ったたシャーベットで
さっぱりしてなかなか美味しいです。
お城では桜がほぼ満開でしたね。
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お城から明日のスタート地点である「坂本龍馬生誕地」に行ってみました。
そこからホテルに帰って今日行われる密会の場所に急ぎました。

第一部 密会

指定された密会の場所猟師料理「明神丸」に到着してみるとまだ明日脱藩する
メンバーは来ていませんでした。
待つこと数分で顔見知りのすずやんさんを始め5名のメンバーがやって来られました。
あとの方々は始めての人達で、川崎からこられたえのさん、所沢からのえぐちさん、
お田鶴さん、香川からの藤原さんと紹介して頂きました。
本当は10名の脱藩予定だったらしいのですがキャンセルで今回脱藩するのは
6名になったそうです。

そして最後に主催者でありこの脱藩を全面的にサポートして頂ける細川さんがやって
来られました。そこから本来ならば密会なので密かに行うべき所なぜか大いに盛り上がり
楽しい宴会を過ごすことが出来ました。
鰹の塩たたき、ウツボのたたき、塩辛、ハランボ等々大変美味しい思いをした密会でした。

しかし、私には心から酔えない重大な発表がありました。
と、言うよりも私の思い違いを指摘されたのでした。
この脱藩マラニックは例年龍馬生誕地で集合してから20キロほど車で送って頂き
そこからスタートするので梼原まで70キロなのですが今年はなぜかフル脱藩という
事で最初の20キロもしっかりと走るそうです。
すると初日は何と90キロにもなりますね。
練習をほとんどしていない状態で100キロマラソンに参加するようなものです。

2日目は私は勝手に平地を70キロと思いこんでいたのですが、50キロ少々だそうです。
ホットするのもつかの間、道は最初の10数キロを覗いてほぼトレイルランだそうです。
これまた練習をほとんどしていない状態で「六甲全山縦走」を走るようなものです。
しかも2日続きで・・・。
その事実を知って俄然として私の顔色は真っ青になっていたはずです。
しかし、共に脱藩するメンバーは平然としていました。
「レベルが違いすぎる!」その事でもお先真っ暗でした。
そして案の定みんなの足を引っ張りまくる結果となってしまいました。

なお、この続きの第二部「梼原への道」、第三部「脱藩成功?」はもうしばらくお待ち下さい。

それから写真をアップしました。
ダウンロードは自由にして下さい。
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by szsato | 2010-03-22 16:32 | 大会 | Comments(10)

松山から高速バスに乗りました。

今、松山から高速バスに乗ったところです。
昨日まで参加していた坂本龍馬脱藩マラニックの帰りなのです。
本当は昨晩のフェリーで帰るつもりだったのですが、マラニックの終了時間が
判らないので予約をしていませんでした。ところがフェリーは満席ででした。
急いで高速バスのチケット売場に行ってみたら本日便は満席だったので
翌日の始発便を購入しました。今度は今晩の宿です。
駅の観光案内所に問い合わしたところどこも空いていなかったです。
時刻はもう午後7時を過ぎていました。どっと疲れが出てきたのですが、
じっとしていても仕方がないので腹をくくってホテルに直接交渉してみました。
一軒目は空いていなかったのですが、
ラッキーなことにすぐに部屋を確保しました。シャワーを浴びてTVで龍馬伝を
視ているとマラニックのことが蘇ってきて本当に幸せを感じられました。
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by szsato | 2010-03-22 07:30 | 旅日記 | Comments(2)

脱藩します

明後日、脱藩します。
今、脱藩と言えば坂本龍馬ですね。

その龍馬を追って脱藩します。
でも、私は土佐人ではないし、幕末の尊皇攘夷や開国主義の思想もなく
ましてどこかの政治家みたいに「私が龍馬になる」と言ってたような
アホな事は言いません。
なのに明日わざわざ高知県まで行って明後日には高知から愛媛の大洲までの
140キロを脱藩摺るというのはどういう事でしょうか?

実はUMML(ウルトラマラソンメーリングリスト)で高知在住の方の主催の
「坂本龍馬脱藩マラニック」に参加する予定なのです。
たった10人のマラニックなのですが、なかなか大変な大会だと思います。

本来ならば2月の後半から篠山マラソンの練習を兼ねて走り込みその後は
長距離を走って調整してからこのマラニックに参加しようと思っていたのですが、
仕事で忙殺されてしまいまったく走れない状態が続いてしまいました。

やっとこの日曜日に54キロ一人マラニックをしてそれから7キロの朝ジョグを
続けてやっと走行距離が80キロです。
果たして一日70キロを2日間に渡って走れるかどうか不安でいっぱいです。

まあ、何はともわれいってきます。
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by szsato | 2010-03-18 22:16 | ジョギング | Comments(4)

ひとりマラニック、猪名川町縦走往復

 仕事の忙しさの山場は越えました。
やっと地獄の日々から抜け出しました。(少し大げさですね、笑)
今までブログを初めネット環境からほとんど離れていました。

 それでも今週も忙しい事には変わりありませんが、やっと休む事が出来ました。
本当は家でゆっくりとしていたいのですが、今週末に坂本龍馬脱藩マラニック
に参加する予定なので大変焦っていました。
このマラニックは70キロを2日間続けて140キロを高知市から愛媛県の大洲まで
走るという超ハードなものです。
しかし、超過密スケジュールでしていたので2週間ほど全然走っていませんでした。
1週間前にジタバタしてもしょうが無いのですが、せめて気持だけでもウルトラモードに
しなければと思いひとりマラニックをしました。

家を出ていつも練習する篠山に向って走りました。
川西から猪名川町に入って国道12号をひたすら北に向いました。
コースは猪名川渓谷ラインという看板があるとおりずっと猪名川沿いです。
さすがに走り始めは体が馴染んでいないので辛かったですが、
段々と心が軽くなることが感じられました。
杉生のコンビニで休憩をして缶ビールを飲んでいると
昨日までの忙しさを忘れ何だか幸せだなあ、なんて思ってしまいましたね。

 ここから5キロほどダラダラと登りが続きやがて篠山市との境の西峠に着きました。
ここが今日の折り返しである27キロ地点です。
いつもならここから篠山城まで行って42キロでゴールとするのですが、
今日は少しでも距離を走ろうと思ってここで折り返すことにしました。

 下り道は楽ちんかと思いきやけっこう足にきていてあまりペース良く走れなかったです。
峠を下る途中で川のせせらぎと鳥のさえずりが心地良かったです。
やがて40キロを越えるあたりからバテてしまいついに歩きが入ってしまいました。
途中のコンビニでガリガリ君を食べて元気を付けるもすぐにヘバッテしまいました。
猪名川町から川西市に入ると自宅まであと5キロ程です。
でも、その5キロが永遠の遠さに感じられました。

 54キロを走り通すと足は筋肉痛になるは、肩から腰まで痛かったです。
やっぱりまだまだですね。
こんな事なら来週の脱藩マラニックは思いやられます。

 しかし、久しぶりに長距離を走ったり歩いたりして少しだけウルトラモードに切り替わる
事が出来たような気がしました。
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by szsato | 2010-03-15 22:05 | ジョギング | Comments(8)

篠山マラソン不参加

 昨日ギリギリ遅くまで仕事をしていましたが、
結局、今日も出勤しないと明日の出荷は不可能と判断しましたので、
残念ですが篠山マラソンは不参加としました。

 仕事をしながらそろそろスタートかなあ、
走っていれば今頃半分くらいだろうなあ、
みんなもうゴールしたかなあ、とか色々と思いをはせました。

 後で知った事ですが、雨の中気温4℃でかなり厳しいレースだったみたいですね。
やっぱり参加しなくて正解だった?

いえいえ、参加出来なくて非常に残念でした。
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by szsato | 2010-03-07 22:16 | 大会 | Comments(14)

篠山マラソンNGかも・・・

 篠山マラソンまであと2日です。
ところが仕事で納期トラブルが発生してしまいました。
今週はずっと忙しかったのですが、昨日は帰宅したら日にちが変わっていました。
そして今日も同じようになりそうです。明日も休日出勤しなければ間に合いません。
肝心な篠山マラソンの日曜日もこのままでは出勤の可能性が出てきました。

 仕事で走れなくなるのは非常に残念だと思う反面、当日は冷たい雨になりそうなので
それもいいかあ、と思う心が揺れています。

 でも、やっぱりみんなが走っている時の仕事は辛いですね。
ますますモチベーションが下がってきます。
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by szsato | 2010-03-05 13:02 | 大会 | Comments(8)