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AKB

今日で5月の終わりですね。
例年になく早い梅雨入りで阿蘇の前だというのに
ほとんど走れない状態で今月も終ろうとしています。

今日は何とか9キロ走って今月は208キロになりました。
阿蘇までほとんど時間がないというのに少ないですね。

ところで最近、世間ではAKBで誰が選ばれるのかという話題で賑やかですね。

先日、短大生の娘が言いました。
「昨夜、台所でGKBを見たよ」
「GKB??AKBじゃあなくて?」
「うん、GKBだよ。でも47匹もいなくてたった1匹だったけど」
「GKBって何???」
「ほら、色が黒くて人類よりも歴史が長く暗がりをごそごそ走りまわって
時たまブ~ンと飛ぶこともあるんだよ」
「それって、もしかしてゴ○○リ?」
「ピンポ~ン、でもGKBが47匹もいたら卒倒するよね」

次に高1の息子との話。
「お母さんってAKBだよね。」
「そんなにお母さんてきゃぴきゃぴしてる?」
「いや~、あんた、かなり ぶさいく のAKBだよ」
私は何とも言えません・・・。
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by szsato | 2011-05-31 22:36 | 家族

パンプキンコロッケ

台風が去り、やっと雲の合間に太陽の光がのぞくようになりました。
阿蘇カルデラマラソンまで1週間を切ったというのに先週のM錬以来まったく走って
いませんでした。
お天気が台風を含め悪かったというのと出張もあったりして仕事も忙しくバタバタ
していたのは確かですが、実は萩以来の股関節痛と軽い腰痛が出ていたので1週間
まるまる休足日にしてみました。

そして、今日久しぶりに8キロほど走ってみたのですが、腰痛は回復していた
ものの股関節痛は治っていませんでしたね。
まあ、阿蘇にも連れて行きますか・・・。

ところで昨日は台風の通過もあって一日雨模様だったのですが、一日持ち帰りの
仕事をしていました。

夕方になってからさすがに家族サービスをしなければということでコロッケを
作ってみました。種類はジャガイモとコロッケとパンプキンコロッケです。

基本材料がジャガイモとカボチャというだけであとは同じように作ってみました。

ジャガイモは炊いてホクホクにし、カボチャは電子レンジで煮ました。
それらをこねてペースト状にして、豚と玉ねぎ(淡路島産の新球)とマッシュルーム
を炒めた物をそれぞれに混ぜました。
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ジャガイモコロッケの方は中華出汁と塩、胡椒で味を整えました。
パンプキンコロッケの方は塩、胡椒をしてから味見をしてみたのですが今の時期の
カボチャは甘味がそれほどでもないので小さじ1杯の砂糖を混ぜてみました。
(たぶんカボチャがもっと甘かったら砂糖はいらないと思います。)
カボチャは再び電子レンジで2分ほどチンしてから小さじ2杯の牛乳を入れました。
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ジャガイモコロッケとパンプキンコロッケをそれぞれ形を整えてから小麦粉にまぶし、
溶き卵に漬けてパン粉を絡めていきます。
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あとはそれらを油でコンガリ揚げて出来上がりです。
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家族サービスとして子供たちは喜ぶし私は赤ワインのつまみになるし良いことずくめ
でした。
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でも少しカロリーが高かったかなあ?
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by szsato | 2011-05-30 23:39 | 男の料理

高知県香南市夜須町住吉浜

高知県の出張は結局ほとんど雨だったので出張ランは出来ませんでした。
それでも朝方に民宿の近くを傘をさして散歩してみました。

民宿の前には「震洋隊殉國慰霊塔」がありました。

震洋特別攻撃隊とは

~太平洋戦争末期に小型のベニヤ板製モーターボートの船内艇首部に炸薬
(約250kg)を搭載し、搭乗員が乗り込んで操縦。上陸船団に体当たり
攻撃することが目標とされた。~と記載されていました。

~終戦翌日の昭和20年8月16日、「本土上陸の目的をもって敵機動部隊が
土佐沖を航行中、直ちに出撃してこれを撃滅すべし」との戦闘命令が震洋隊・
回天隊へ発令された。手結基地「震洋」隊でも直ちに準備にかかり、「震洋」
試運転中に突然一艇から発火し、22艇が次々と爆発し搭乗員、整備員等
111名が爆死した。~途中略

戦争が終った翌日に起こったこんな悲劇があったのですね。
終戦の混乱でほとんど世間に知られることはなかったそうです。

それから住吉浜に出て太平洋の荒波を見ていました。
津波というのは水平線の先が突然大きく盛り上がってきて
一気に迫ってくるのだろうなあ、と想像するとぞっとしてきましたね。

それから住吉神社に参拝しました。小さな祠が祭っているだけの神社でした。
お賽銭箱もなかったのでいつもの顔施をして立ち去りました。

それから住吉漁港の方に歩いていくと2隻の漁船が港から出て行くのを見かけ
ました。それ以外にはまったく人と出会うことなく民宿に帰ってきました。

その日は午前中は仕事現場に行って色々と調査と打ち合わせをしてお昼すぎに
帰宅の途につきました。

途中のスーパーマーケットに立ち寄ってお土産の芋ケンピと土佐ぬたを買って帰りました。

土佐ぬたというのはニンニクの芽を味噌で会えた酸味噌で高知県独特のものです。
それがTVの「秘密のケンミンSHOW」で紹介されていました。
お刺身や今ならホタルイカに漬けてお酒のつまみにすれば最高ですよ。
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by szsato | 2011-05-29 11:18 | 旅日記

今年初めての甲子園だったのですが・・・

昨日今年初めて甲子園球場に阪神ーロッテ戦を観戦しに行ってきました。
結果はご存じのように阪神がボロ負けでした。
ここしばらく甲子園に行っても勝ったことがありません。もう嫌・・・。

それよりも大変だったのは次の日は高知県に出張でそれも安芸市の現場に
午前8時に集合でした。

急いで帰宅してお風呂に入ってから寝たのが11時、3時間後に起きて
準備をして慌てて家を出たのが午前2時半、安芸市の現場に付いたのが
午前7時、仕事を終えて近くの民宿に泊まり先ほど食事が終って部屋に
戻ってきました。

さすがに眠たいですね。

今回はずっと雨なので出張ランはありません。
晴れていたら太平洋岸の良いコースだったのに残念です。

それでは瞼が重たくなってきたのでおやすみなさい・・・。
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by szsato | 2011-05-26 22:49 | 野球

阿蘇への道、M練雨で中断・・・

日曜日は朝から雨が降っていました。
それでも阿蘇カルデラマラソンの2週間前という事なので少々の雨でも練習したかった
ので雨天決行で走る事にしました。

今回はkimi爺さんとオオバさんという高レベルなランナーが一緒に走っていただきました。
午前9時に箕面駅に集合して小雨の中、箕面の滝に向かってスタートしました。
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初めのうちは色々と話しながら登って行ったのですが、その内に私があまりしゃべれなくなって
しまいました。お二人とも淡々としたペースで走られます。
お馴染みの滝に到着したのですが、雨のためか観光客は少なかったですね。
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滝から階段を上って車道にでてから高山に向かって走っていきました。
雨は本降りになってきました。走っていても寒かったです。
最初の内はなんとか2人に付いて行こうと頑張ったのですがしだいに遅れてきました。

かなり離されてしまったのでマイペースで行こうと思ったのですが、それでもいつもの
ペースからみればかなり速くなりました。

雨で箕面ダムもかすんで見えました。
箕面ダムの先のトンネルでお二人が雨宿りしながら待っていてくれました。
雨がかなり激しくなってきたのでどうしようかと協議したのですが、この道の登り切った
所の高山で丁度10キロになるのでそこで引き返して今回は20キロで終わろうという
事になりました。

しばし雨を防いでいたトンネルを出ると再びびしょ濡れです。
シューズもグシャグシャで気持ち悪かったです。

ダム湖の湖岸の道には躑躅が綺麗でした。
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ここからもやはりお二人はどんどんペースを上げて行かれました。

雨はさらに強くなってきてバケツをひっくり返したような土砂降りになり
道は川のように水が流れ横を通過する車が跳ね上げる水しぶきも強烈になってきました。

さすがにこのままでは危険だという事で箕面駅から大体7.5キロくらいの地点で
先に進むことをあきらめました。

引き返す事になったら箕面駅までずっと下りです。
オオバさんはカッ飛んで行かれました。

私はkimi爺さんについて走ったのですが、おかげでかなり良いペースで走る事が
出来ました。

箕面駅に到着した頃にはさっきの大雨が嘘のように小雨に変わっていました。

結局、今回は往復15キロで終わってしまったのですが、それなりに良い練習が出来ました。
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by szsato | 2011-05-24 10:48 | ジョギング

走って、生きて、そして死ぬ事

なぜ走り始めたか?
それを思い返せば成人病のひとつである痛風になって
このままではいけない、このままでは長生きできない・・・。
と、いう様な思いから健康のために走ろうということなりました。

それが色々となってウルトラマラソンなどけっしって体に良いとは言えないの
ですがそれに参加するための日々の練習が体のためになると信じて頑張っています。

けれども長生きしたいと願ってはいましたが自分が死ぬ事などは今まで考えた事は
ありませんでした。
しかし、今年になってみて自分も半世紀生きてきたので色々と振り返ってみなければ
と思ってはいたのですが、日々の忙しさの中で自然と思考から避けてきたのかもしれ
ません。

しかし、先日友人が亡くなりました。
享年51歳でした。
1年半前に肺がんで手術を受けて無事に摘出されたものと思っていたのですが、
半年前に脳に転移している事がわかってから放射線治療をしていたのですが
5月に入ってまもない時に帰らぬ人になってしまいました。

51歳とはあまりにも早すぎるのではないでしょうか?

日々避けていた思いが怒涛のようにあふれてきました。
自分は健康の事を思って走り始めて果たして健康だったのだろうか?
今まで充分に生きてきたのだろうか?
死ぬ事を真剣に考えているのだろうか?

本当に申し訳なかったのですが、お別れの時に彼の顔を見てあげる勇気は
自分にはありませんでした。そんな自分が情けなかったです。


話は変わりますが最近有名人と言われる人たちが自殺をしていますね。
なんで、なんで・・・、という気持ちでいっぱいです。

友人もそうですが東日本大震災で多くのまだ死にたくない人々が無情にも
天に召されてしまったというのに、なぜ自ら命を絶たなければならないのか?

本当に悲しいですね。
今夜も飲みすぎてしまいました。
(それも良くないですね)
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by szsato | 2011-05-19 00:01 | ブログ

タコPa

タコPaに参加しました。
と、言ってもランは参加出来ませんでしたが…。
と、言うのは前日の夕飯の時に前歯の差し歯が抜けてしまいました。
そこで朝から歯科医に頼み込んで応急処置をしてもらってかは現地に辿り着きました。
みんなは15キロ走っていたのですが、私は野宴会だけの参加でした。

ランナーのつどいはいつも楽しいですね。
今日も飲み過ぎです…。
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by szsato | 2011-05-14 21:56 | ジョギング

ハイドレーション・ボトル

長い距離の大会に参加しているときには自分で給水用にペットボトルを
持って走ったり、ハイドレーションバッグにしてみたりしています。

しかし、ペットボトルは氷を入れる事が出来ません。
スタート前に凍らせてから走ってみたのですがなかなか溶けずにしばらくは
飲めなかったりと辛い経験もありました。

そこでハイドレーションバッグに氷を入れて走った事もありました。
これだと冷たい水がいつでも飲むことが出来て途中のエイドで氷があれば
少し分けてもらってバッグに入れる事が出来ます。
しかし、ハイドレーションバッグに給水する事って意外に面倒くさいものですね。
特に後半疲れてきたときにバッグを開けて蓋を外して水を入れたりする事が
段々邪魔くさくなってしまい最後はペットボトルを持ってしまいました。
それに2リットルの水ってけっこう重たい物ですね。

もっと手軽に氷水を持って走ることが出来ないかなあ、なんて事を思っていたところ
先日、萩往還の練習で篠山まで走ったときに一緒に参加してくれたオオバさんが
持っていたのがこのハイドレーションボトルでした。

人の物がほしくなるのは私の悪い癖で(笑)、どこのメーカーでどこで購入したのか
しつこく聞きました。(どうもスミマセン・・・)

メーカーはハイドレーションシステムではお馴染みのキャメルバックでした。
購入は登山専門店だそうですが、今回はネットで調べてしました。

キャメルバック ハイドレーション・ボトルのベターボトル0.5Lです。

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これなら蓋も大きいし氷も簡単に入れることが出来ます。
飲み口はハイドレーションになっているのでバルブを吸って給水する事ができます。
何と言っても気に入ったのがハンドルが着いていて、それをつかんで背負っている
バッグからでも簡単に出し入れする事が出来ます。

オプションでボトルハンズフリーアダプターを取り付ければチューブで延長できるので
一々ボトルを取り出さなくてもそのままハイドレーションシステムとして使用する事ができます。
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さっそく、阿蘇カルデラマラソンで使ってみます。
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by szsato | 2011-05-13 10:55 | マラソングッズ

隅田川橋巡り出張ラン

昨日、日曜日から1泊2日で東京に出張に行きました。
東京駅以外の各駅ではほとんど震災の影響でエスカレータが
止まっていてみんな階段をガシガシ登っていましたね。
皆さん、足腰が強くなりそうですね。

仕事を終えてからいつもの門前仲町のビジネスホテルにチェックインして
午後7時に中野在住の従兄を呼び出して一緒に飲みに行きました。

そして今朝5時に目が覚めてからいつも通り出張ランをする事にしました。
丁度ここに来る時に買った雑誌に「水上バスで巡る隅田川の橋」という
記事がありました。
そこで隅田川テラスを永代橋から橋の写真を撮りながら走ってみる事にしました。
午後5時半にホテルを飛び出して永代橋の所から隅田川テラスに出て川の東岸を
北上しました。

永代橋から隅田川大橋、清洲橋、新大橋、両国橋、蔵前橋、厩橋、吾妻橋と
写真を取りながら走って行きました。

吾妻橋を西に渡ってしばらく行くと浅草の雷門に出ました。
現在の雷門は松下幸之助さんの寄贈だそうですね。
まったく関係ないのですが関西人として何だか誇らしく感じました。
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ここまで約5キロです。
まだ午前6時なのでお店も開いてなくて早朝散歩している人がいるくらいで
ガランとしていました。

浅草寺に行って参拝したのですが、お金を持っていなかったので例の「顔施」を
笑顔でさせて頂きました。(笑)

それから吾妻橋まで戻ってさらに北上しようとしたのですが、時間を考えて
次回の目標ということでホテルに戻る事にしました。

途中で相撲の決まり手が欄干にモチーフとなっていたり、錦絵の壁絵があったり
芭蕉の句碑があったりして隅田川テラスはバラエティ豊かで楽しいですね。

ホテルに戻って丁度11キロでした。
萩往還を87キロでリタイヤして以来のランでしたが気持ち良く走れました。
ただ後遺症はなかったつもりだったのですが、右足の付け根が痛かったです。

その後、神奈川のお客さんの所に打ち合わせに行ったあとで小田原から
新幹線で帰宅しました。
やっぱり駅弁でしょう。(笑)
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隅田川の橋の写真をアップしました。
隅田川の橋~ウェブアルバム
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by szsato | 2011-05-09 22:42 | ジョギング

遠すぎた瑠璃光寺

萩往還250キロマラニックを完踏するためには最低でも3ヶ月以上の
練習が必要な事は2年前にやっとの思いで完踏出来た時に思い知らされて
いる筈でした。
しかし、喉もと過ぎれば何とやらで今回は3ヶ月前になってもまったく練習せず
やっと1ヶ月前になってさすがに焦りだし付け焼き刃的な事で参加してしまいました。

5月2日、午後6時に瑠璃光寺をスタートしました。
今年は去年よりも100人程参加者が増えたのでスタート地点はかなり混み合っていました。
去年はわかちゃんを初めわか練のメンバーがかなり参加していたので賑やかだったのですが
今年はそんなに知り合いとも合わずにひっそりとしたスタートになりそうだと思っていたら
去年途中で何度も一緒にビールを飲んで結局一緒に鯨墓でリタイヤしたピロロンさんが
いました。
でも今年の彼は私と違ってかなり気合いが入っていました。
(ピロロンさんは見事完踏しました)
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去年はウルトラ女王のY子さんについて行ったので45キロ地点の西寺エイドでバテバテに
なってしまったので、今回は最初からかなりペースを落として走りました。
山口駅前あたりで完踏15回を狙うベテランのクニさんを見かけました。
クニさんによれば今年はかなり苦戦になるそうです。

井出原橋を渡ったところから椹野川沿いの河川敷を上郷駅に向かって走って
行くとジョグノート仲間のウルトラマンさんのゼッケンを見かけたので声をかけました。
それから色々とお話をしながら上郷駅まで一緒に走って頂きました。
ウルトラマンさんは1週間前に奥熊野100キロ、その1週間前に余呉湖の70キロを
走っていました。まさにウルトラマンですね!

上郷駅前のエイドで給水しているうちにウルトラマンさんとはぐれてしまったので、また
単独走です。
ところがまたウルトラマンさんと遭遇して何回か離れたり出会ったりしました。
結局45キロの西寺エイドまでご一緒して頂きました。

西寺で11時45分です。去年Y子さんに引っ張ってもらった時よりも45分遅い時間です。
それでも去年はここでかなりバテていたのでそれを思うとかなり楽でした。
ところが疲れはそんなに無かったのですが、どうもお腹の具合が良くありません。
ウルトラマラソンでは水の飲み過ぎでよくお腹の具合が悪くなることがあるのですが
今日は飲み過ぎるほどの水分は取っていませんでした。

取りあえずウルトラマンさんと別れてトイレに駆け込んでから再スタートしました。
去年と比べて登り坂でも割合に走れて順調に行っていたのですがやはり59キロ地点の
豊田湖エイドに着いたときは一番にトイレに飛び込みました。

ここに1時30分に到着したので去年の比べて20分の遅れです。
大分取り戻したようなので少し元気が出てきて順調に豊田湖から走り出す事が出来ました。
しかし、エイドで食べたうどんがお腹に堪えたのかしばらく行くとまたギュルギュルと音を
立て始めました。エイドでは下痢止めを服用したのに今のところ効果がないみたいです。

67キロの俵山温泉エイドをにたどり着いた時に一番にトイレに飛び込みました。
本当に情けなかったです。
ここのエイドでは食べ物はもちろん水分も何も取れませんでした。
そのままとぼとぼと砂利ヶ峠に向います。
さすがに峠の登り道は走る事が出来ませんでしたが、さすがに焦りもあって長い下り道は
走る事にしました。

するとしばらく治まっていたお腹が再びギュルギュルと鳴り出しました。
それと同時に強烈な眠さに襲われました。かなりの疲れが感じられました。
こんな事で疲れを感じるなんてやっぱり練習不足で体力がなかったのだなあ、
と反省しながらも段々と走れなくなってきました。

そんな弱気になっているときにふっと「リタイヤ」という文字が浮かんで来ました。
いや、まだまだだ!という気持と
このまま終わって横になったら気持良いだろうなあ、
という気持が自分の中で戦っていました。

ふらふらになって新大坊のエイドにたどり着きました。
やはり一番にトイレです。
本当にどうなっていることやらです。
ここでは湯豆腐があったのですが怖くて食べることが出来ません。
雄一ホットレモンがあったので一杯だけ頂きました。

新大坊からしばらく歩いてから走ろうとしたのですが、少し走ってみるとお腹がまた
鳴り出しました。それほどの腹痛が無いことがせめてもの救いです。
しかたがないので歩いて回復する事を待ちました。
こんな事では走れない、と思うと情けなくなってきました。

海湧食堂に着いた時には8時になっていました。
去年はここに6時半です。もうかなり遅れてしまいました。
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するとここに大阪ミントのまさみさんが座っていました。
お聞きすると膝の具合が悪くなって途中でリタイヤしてここに送られてきたそうです。
そしてふっと見ると走っているはずのベテランのクニさんがスタッフをしていました。
お聞きするとクニさんも今年は早めに見切ってリタイヤされたそうです。
そうすると今まで張りつめていた気持が一気に緩んでしまいました。

ここから俵島を回って川尻岬までの20キロの間は確かトイレが無かったような気がしたので
これ以上は「無理」と思ってしまいました。
そうしてスタッフをしているクニさんにリタイヤを宣言してしまいました。

ここからバスで宗頭の公民館にバスで送られて体育館で泥のように眠りました。
途中で一回目を覚ましたのですが再びすぐに眠る事が出来て結局15時間も寝ていました。
おかげで目を覚ませば朝になっていました。

疲れもすっかり取れていたのでこのまま山口に帰るのはあまりにも勿体ないので
ここからシャトルバスの出ている萩城址まで歩いて行くことにしました。
昨日のお昼にここに着いたときにおにぎりを食べたきり何も食べていなかったのですが、
お腹の事を思うと怖いのでまともに朝食を食べることが出来ずにバナナを1本だけ食べて
宗頭公民館を後にしました。
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宗頭から藤井商店まではゆっくりながらも走り、鎖峠までは歩いて登りました。
鎖峠から下りきった三見に行く交差点まではまた走ってみました。
そこから三見駅を越えて日本海に出て萩城址まではゆっくりと歩きました。
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みんなこの道を走ってゴールに向かっているのだなあ、
と思うとやはり悔しさがにじんで来ましたが、自分の力不足のためだからしかたありません。
自分の事ながら来年はこの悔しさをしっかりと思い出してほしい物です。

写真をアップしました。
ウェブアルバム
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by szsato | 2011-05-07 14:47 | 大会